第三章 雪山は寒いです!

裸で山に登ってもいいですか?


「よし、どうやら着いたようだなっ!」


「わぁ……すごいです。この山に悪いドラゴンさんが住んでるんですね」


「ドラゴンだかなんだか知らねぇが、ユレルミたんのためなら全員ぶっころおおす! ユレルミたあああんッ!」


 ドラゴン討伐の旅にジローが加わってから三週間。

 ひたすら北を目指して進んだ私たちの前に、真っ白な雪に覆われた山脈が現れる。


 山頂は深い雲に覆われて見えないし、ここからでも時折ゴロゴロと雷が鳴っていて、びゅーびゅーと吹雪いているのがばっちりわかる。


 フッ……まさに邪悪なドラゴンの住処にはうってつけというわけだな!


「〝邪竜バラエーナ〟……のんきに寝ていられるのもこれまでだっ! 最強の騎士であるこの私と、貧乏神であるユレルミ……〝私たち二人〟の力の前に滅び去るがいいっ!」


「おい変態女ッッ! この俺の存在を忘れるんじゃねぇ! ちょっとばかりユレルミたんの傍にいられるからっていい気になりやがってッッ!」


「むむっ? 気をつけろユレルミ……! どこからか変態の遠吠えが聞こえてくる……!」


「え、ええっ? でも……」


「ちくしょうこのやろう!?」


 悲しみの怨嗟に満ちたジローの声がかなり離れた場所から響き渡る。


 魔力完全遮断の力でユレルミに数メートルまで近づける私と違い、ジローは十メートルは離れなければユレルミの力に抗うことは出来ない。


 この長旅でジローも私も大分ユレルミの力の性質には慣れたが、それでもやはり彼との物理的距離はこの私の方が圧倒的に有利なのだ……ッッ!


「あ、あのっ……。山に登る前に、一度休憩して準備を整えませんか? エステルさんのお体も、何もないように見えて、今は〝大事な時期〟だと思うんです……っ!」


「え? 私の体なら全くもってピンピンしているが……」


「ダメですっ! エステルさんもジローさんも、普段からご自身のことに無頓着すぎますよ……。それに……お二人に何かあったら、僕……」


「ユレルミたん……っ!?」


「そ、そうか……。それはたしかに君の言う通りだな。ならばまずは一度休み、皆でドラゴン討伐の作戦を考えるとしようっ!」


「はいっ」


 このまま一直線に山へと向かうつもりだった私に、ユレルミはことさら強い調子で主張する。

 そしてかつては見られなかった、強い意志を宿したユレルミのまっすぐな瞳に見つめられ、私はたじたじとなりながら彼の提案に頷いた。


 そう、実はこの長旅で一番変わったのはユレルミなのだ。

 

 出会った頃はどこか儚げで弱々しく、優しいが流されるままのように見えた彼が、今では少しずつだがはっきりと意思を示し、自分の考えを主張するようになった。


 見た目は今も変わらず葉っぱ一枚のすっぽんぽんなのだけど……。


 なぜだか、最近は特に私の〝体調や健康〟を気にかけてくれるし、その……時折見せる強引さや、ふとした頼りがいに私の胸の高鳴りが限界突破しそうな……。


「なぁ、一つ確認なんだが……テメェどうやってあの山の上まで登る気だ!?」


「どうやってだと? そんなもの、普通に〝歩いて登る〟に決まっているだろう!」


「ハァ!? 馬鹿かテメェは!? というか、言うまでもなく超弩級の馬鹿なんだったなお前……」


「な……っ! 馬鹿とはなんだ馬鹿とは!? あの程度の雪山なら今まで何度も徒歩で乗り越え、山の向こう側に存在する敵陣を壊滅させてきたッ! フハハハ……どうだ凄いだろうッ!?」


「そりゃ〝テメェ一人の話〟だろうがこの脳筋女がッッ!? そんな芸当こなせるのはこの世でテメェくらいなもんなんだよ! あんな高い雪山、まともに登れば俺でも凍え死んじまうッッ! いくら貧乏神でも、一糸まとわぬ穢れなきすっぽんぽんであらせられる地上に舞い降りた天使ユレルミたんが耐えられるわけがねぇ!」


「あ、はい……そうだと思います」


「な……なん、だとッ!?」

 

 罵倒混じりのジローの指摘に、私は言葉を失った。

 まさか、私以外の人々にとって雪山がそれほど過酷な環境だったとは……!


 私などは登っている間にも全自動で口の中に雪、つまり水分が入ってくるので、わざわざ水を飲まなくて楽だな~……などと思っていたというのにッ!?


「やっぱりな……。ここに来るまでなんの準備もしやがらねぇから妙だとは思ってたが……実際に目的地があんな雪山とわかれば話は別だ。ユレルミたんのためにも、俺が念入りに準備しねぇとな。さあユレルミたんっ! この〝僕〟が手取り足取り〝お尻取り〟して色々と教えてあげるから、こっちにおいで!」


「ありがとうございます、ジローさんっ」


「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎ……ッ! お、おのれぇええぇぇぇええッ!」


 ジローに促され、ユレルミは前よりも健康的な色艶になったぷりぷりお尻を左右に振りながら駆けていく。


 私は悔しさのあまり、滝のように血の涙を流してユレルミのお尻に手を伸ばす。


 しかしながら……私は雪山に登るためになにを準備すれば良いのかも全く知らなかっため、ドヤりまくるジローの指示に大人しく従って準備を進めたのであった――。

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