とっても優しい人でした
千年に一度現れるという伝説のチートスキル、貧乏神。
それはたしかに神の名に恥じぬ強大な力を人に与えるが、周囲を否応なく巻き込む力の性質から、目覚めた者は例外なく人々から迫害され、不幸になったという――。
「くそっ! 甘く見ていた……! そんなもの、私のスキルでどうとでもなるだろうと!」
一度は脱げかけた服や装備をなんとかまとめ、私はユレルミが走り去った森の奥に向かって全力で駆け抜けていた。
胸が痛む。
私が貧乏神の力に抵抗できると聞いたときの、咲いた花のようなユレルミの笑顔。
為す術もなく身ぐるみを剥がれ、取り乱す私を見たときの辛そうな表情――。
私の知る話では貧乏神――ユレルミは、三年前に片田舎の冒険者ギルドを訪れ、冒険者登録をした際にスキル〝貧乏神〟と分かったそうだ。
結局、ユレルミは冒険者登録を断られ、当時のパーティーからも追放されている。
なぜなら、ドラゴン討伐のために陛下が貧乏神捜索を命じるまで、ユレルミの存在はどこにも伝わっていなかったからだ。
ただ一つ、三年前に貧乏神と判明した者がいたらしいと。
国の情報網をもってしても、そこまでしか突き止めることは出来なかったのだ。
「なにが千年に一度のチートスキルだ! あれでは、貧乏神になった者はまともに生きることすら出来ないではないか……っ!」
スキルの効果を自分で選ぶことは出来ない。
きっとあの子は、今までも何度となくああして傷ついてきたのだろう。
だから人に迷惑をかけないように、森の奥にたった一人……すっぽんぽんで……。
「……っ! まだだ……! 私とて、大陸最強の騎士と呼ばれた身! たとえスキルの格が違おうとも……足りない分は、心で補ってみせるっ!」
奥歯をギリと噛みしめ、私は半ば叫ぶようにして速度を上げる。
このエステル・バレットストーム……二度とあのような失態は晒さんぞっ!
――――――
――――
――
「ようやく見つけたぞ……! み、見た目の割に……! 足が、速い……っ!」
「あっ……騎士様っ?」
あれから半日くらい。
全身汗だくのへとへとになりながらも、私は小さな湖の畔に座り込むユレルミを発見した。
すっかり夕暮れになった森の奥。
足を抱えてちょこんと座るユレルミのぷりんとした小さなお尻に一瞬目を奪われたが、まずは呼吸を整えなくては。
「来ちゃだめです……っ。僕に近づいたら、また騎士様が酷い目に……」
「そうかもしれない。だがそう決めつける前に、もう一度私にチャンスをくれ!」
「もう一度……?」
「むんむんむん……! ふおおおおおおおおッ!」
瞬間、私はスキル〝魔力完全遮断〟の力を全開にする。
そして一歩、また一歩と。悲しい表情を浮かべたユレルミの元に近づいていった。
「ぐぬ……! ぐぬぬ……! さ、先ほどは……少し油断していただけだ……っ! これは自慢なのだが、私のスキルはドラゴンのブレスすら防ぐ……! び、貧乏神の一つや、二つ……!」
「でも騎士様……凄い汗です……っ!」
「は、走ったからな……! 汗をかくのは、当たり前……だっ!」
などと強がってはみたものの……なんという力だ!
先ほどは抵抗を試みていなかったから分からなかったが……この少年の持つ力は、ドラゴンのブレスなどというレベルじゃない!
ユレルミの小さな体から放たれる貧乏神の力。
それは私の持つ〝魔力完全遮断〟の力を簡単に貫通し、今も私の服の紐とかボタンとか留め具とか、とにかく色んな部分がカタカタと小刻みに音を立てていた。
もし私が一瞬でも気を抜けば、今度こそ私はあのゴロツキたちのように一瞬ですっぽんぽんになってしまうだろう。
けど……それでもだっ!
「騎士、さま……っ」
「ふ、フッフッフーン! だいじょうぶ……大丈夫だ……! さっきも言っただろう……! 私は……君の力に抵抗できるっ!」
「あ……」
目尻に涙を浮かべたユレルミの前までやってきた私は、ぷるぷると生まれたての子鹿のように震えながら、できる限り優しく彼の柔らかな髪に手を添えた。
「どうだ……? 私の言ったとおりだっただろう……?」
「で、でも……!」
「頼む……ほんの少しだけいい、私を信じてくれ。私にも色々と事情があって君を探しに来たのだが、ひとまずそれはどうでもいい。まずは、私にもっと君のことを教えては貰えないだろうか……?」
「うぅ……騎士さま……っ。すごく優しい……」
「エステルでいいぞっ。とりあえず……これからよろしく頼むっ!」
「……はいっ!」
「え、ちょ……!?」
そう言って、ユレルミはおもむろに私の胸に飛び込んできた。
いきなりすっぽんぽんのユレルミに抱きつかれた私は思いっきり集中を乱し、スキルを貫通した貧乏神の力で私のグローブとかマントとかベルトとかが盛大に弾け飛んでいく。
だが私は耐えた。
色々と耐えた。
結局抵抗しきれずに半裸になってしまった恥ずかしさとか。
ユレルミのすべすべのお肌に全力で触ってみたいとか!
彼のとんでもなく良い匂いをもっとくんかくんかしたいとかッッ!?
と、とにかく全てに耐え抜いたのだ!
ドキドキと高鳴る鼓動を必死で隠し、私たちは夕暮れの光の中、互いに落ち着くまでしばらく身を寄せ合っていた――。
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