モルディエヌス・エイレストその6
"私"がハレスレダ王国も引き受け、エイレスト王国が3国をまとめ上げた大国となってから、さらに5年が経った。
今年で、私は"23歳"となったのだ。
ずっと私は、自分の事を僕と呼んでいたのだが、それでは王としての威厳が保てない。
だから、最近では自分の事を私と呼ぶようになっていた。
そして、エイレスト王国の国政は特に問題なく、むしろ発展していっているほどなのである。
母様とオージェリンの言う通りにしているのだから当たり前である。
そういえば、オージェリンと言えば、正式に私の妾となった。
それに、オージェリンとの間にも子供が出来た。まだ一人だけど、たぶん何人も出来ると思う。
妾を抱えるにあたって、シェラミエの反応が気がかりだったけど、意外とあっさりしたもので、「あなたの思うままに」と許してもらった。なんだったら、あと数人妾を増やしてもいいかもしれない。
そして、シェラミエと言えば、私達の一人目の子供は女の子だった。
名前は二人で考えて、ピリフィルに決めた。
ピリフィルは元気に育っているし、今度お姉ちゃんとなる。
そう、シェラミエは二人目の子供を妊娠しているのだ。
このように、何もかもが順調である。
いつまでもこの幸せな日常が続くといいのに。私は常にそう思っているのだ。
♦
いつも通り公務室で公務をしていると、扉の外から大きな声が聞こえてくる。
「困ります!せめてお待ちいただけませんか?」
衛兵の声だが、何かあったのだろう。
どうしたらいいかと、母様とオージェリンの方を見た。
その時であった。
扉が勢いよく開き、見知った顔が部屋へと入って来る。
「悪いな!失礼するぜ!急ぎなんだ!!」
部屋へと入ってきたのはゼンドリックさんだった。
最後に会ったのは5年前のゼンドリックさんが旅立った、あの日である。
しかし、見た目がなんというか――とても汚らしいのだった。
所謂冒険者らしい恰好なのだが、とても宿に泊っているとは思えない風貌である。
「どうしたのですか?ゼンドリック」
母様はとても冷静に聞いた。
怒っているかとも思ったのだけど、そんな感じではない。
多分、私と同じ考えなのだ。ゼンドリックさんは意味もなく、いきなり訪問してくるような人間ではない。
「これは叔母様。突然の訪問申し訳ありません。しかし、どうしても急遽知らせなければならないことが出来まして」
つまり、身なりを整える事すらできなかったほどの事なのだろう。
「すまない、君達は席を外してもらえるか?」
私は、ゼンドリックさんを追って来た衛兵を下がらせる。
「ああ、騒ぎになっても困るからな」
この"平和な世の中"で、騒ぎになるかもしれない程の事が起こるとは思えないのだけど、それだけの事があるらしい。
「それで、なんでしょうか?」
オージェリンがいきなり本題を聞いた。
急報なら、遠回りな話はいらないだろう。
「ああ、最悪のことだ。この国だけではなく、この世界でだ」
思っていたより、随分と大きい話のようだ。
せいぜい、この国に関わる程度の事だと思っていた。
そして、ゼンドリックは続けて、
「魔王が出現した」
そう言ったのだ。
♦
魔王と言うのは伝承の生き物――というわけでもない。
そして、魔王と言うのがどういう生き物なのかもわかっていない。
ただ、過去に一度だけ魔王を名乗る者が現れたということだけは確かなのである。
しかし、それも数百年前の出来事で、文献だけが残っているのだ。
だから、魔王が出現したと言われても、それを鵜呑みにするのは難しい。
だけど、私達は地図を囲んで、すぐに話し合いを始めたのだ。
「俺が魔王軍にあったのはここだ」
ゼンドリックさんが指さしたのは、エイレスト王国からは"遥か遠く"の地だった。
「あったと言いますと?」
「あったというか……偶然止まっていた村が襲われたんだ。俺は当然戦ったよ。でも、村は守り切れなかった。その時、相手に魔族がいて、そいつが魔王軍と名乗っていたんだ。当然倒してやったけどな。村が滅んでいたらしょうがねえ。すぐに隣の村に向かったんだ」
流石はゼンドリックさんだ。
魔族と言うのも伝承でしか伝えられていない魔王の使徒である。
魔族は、凄く強く恐ろしいと言われている。
その魔族を難なく倒すとは。
「それで?」
オージェリンが聞いた。
今の話しだけでは、まだ不十分である。
「ああ、その隣の村は滅んでいたんだ。それだけじゃない。その隣の村も隣の村も」
ゼンドリックさんの顔は暗い。
自分の無力さを嘆いているのだろう。
「そして、俺はとにかく、この国に向かって逃げて来たんだ。その間の街や村で、魔王が復活したという噂が流れていた」
「だから、魔王が出現したという話なんですね」
直接会ったわけではないようだが、状況から見るに間違いはなさそうである。
「それはつまり」
母様が、ゼンドリックさんが指さした場所から、エイレスト王国に向かって指を動かしていく。
「魔王軍は、このように、こちらに向かって来ているという事かしら?」
それは、魔王軍がエイレスト王国を目指しているというわけではなく、大陸の端から端を目指しているだろう、ということである。
だが、結果的には、魔王軍がエイレスト王国を目指しているような形である。
「そうなるな。だから、間にある国々にも知らせて回ったんだが、鼻で笑われることも多かったよ」
いきなり魔王が現れたと言われたら信じる人は少ないかもしれない。
「そう。なら、魔王軍はここで止まるでしょうね。それとここも」
オージェリンが指さしたのは、アジェーレ王国と教会都市である。
両方とも、エイレスト王国よりも大きい国である。
「そうだな……」
ゼンドリックさんが苦々しそうに言った。
何故だかわからない。
「モルディ。"軍の準備は出来ている"わ。両国に傭兵として派遣しましょう」
オージェリンが言った。
「え?は、はい」
何故傭兵として派遣するのかはわからないが、私はとりあえず頷いたのだ。
「ん?何故、軍の準備が出来ているんだ?」
それは、私にもわからない。
だが、今はどうでもいい事ではないかと思う。
「それは――」
母様が何かを喋ろうとした。その時だった。
「ゴホッゴホッ!」
母様が急に咳をしだした。
「母様!」
僕は立ち上がり、母様の元へと駆け寄る。
「ごめんなさい。今日はこれまでにしましょう。魔王軍の侵攻はまだアジェーレには到達してないでしょうし、ゼンドリックもよく急いで知らせてくれたわ。今日はもう休むといいわ」
母様は矢継ぎ早にそう言いまとめると、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
僕はその背中を急いで追いかける。
「母様!大丈夫ですか?部屋まで送ります」
「モルディ、大丈夫よ。少し体調が悪いだけ。あなたはあなたのやるべき事をやりなさい」
そう言って、母様は私を置いて行ってしまう。
そんなことを言われても、私は何をやればいいのだろうか?
それが、わからないのだ。
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