ゼンドリック・エイレストその4

 モルディエヌスの戴冠式は終わり、ハレスレダ王国は"なくなった"。

 実のところ、ハレスレダ王国が一番大きいのだから、名前はハレスレダ王国のまま残ると思っていた。

 しかし、一体どういうやり取りがあったのかもわからないが、ハレスレダ王国はエイレスト王国となったのだ。

 まあ、モルディエヌス・エイレストが国王となるのだから、エイレスト王国でいいのかもしれない。

 住民達は急に国の名前が変わり、戸惑うかもしれないが、それ以外は何もかわっていないのだからいずれ慣れるだろう。


 それはいいのだが、親父がエイレストに名を変えると言いだして、俺までエイレストに名を変えざる負えなかったのだ。

 まあ、ハレスレダという名前は少し響きが間抜けな感じだったので悪くはないのだが、やはり王族であることからは逃れられないような感じがして、やはりすこし嫌なのだった。


 

     ♦


 

 しかし、これで俺の王子としての役割はなくなったわけである。

 自由の身なのである。


 だから俺は、モルディの元へと向かった。

 

「よう、忙しい所悪いな」

「いえ、お義母様達もいいと言ったので」


 代わりに仕事をしておくという事だろう。

 

 しかし、戴冠式の時も思ったのだが、


「なんかやつれたな、ちゃんと食べてるか?」


 モルディは歳を取って精悍になったというより、やつれてしまっているのである。

 それはそれで、兄であるセレームの様ではあるのだが、心配である。

 ただ、王と言うのはそれほどまでに忙しいものなのかもしれない。親父も髪がないしな。


「ご飯はちゃんと食べてますよ。これは、その……オージェリンが毎晩……」


 おっと、どうやら俺が考えた理由とは違うようだ。


「そ、そうか」


 だが、何も言うまい。

 親父にも妾はたくさんいた。

 男として羨ましくもあるが、この様子を見る限りでは、本当に羨ましいことかもわからない。


「それで、用事はなんですか?」


 おっとそうだった。


「旅に出ようと思ってな。挨拶しておきたかったんだ」


 俺もまだ一応王族なのではあるのだから、直接断っておくべきだろうと考えた。

 のは建前で、最後に王になったモルディに会っておきたかっただけである。

 旅に出てしまえば、いつ帰ってこれるかもわからないし、命だって落とすかもしれない。

 もちろん、モルディだけではなく、知り合い全員にはもう挨拶をしてきた。とても大変だった。


「そうなのですか?ゼンドリックさんには、いつか国の軍団長にでもなってもらおうかと考えていたみたいなのですけど……」


 え?それは初耳だ。

 みたいというのは、モルディの考えではなく、叔母様の考えだろうか?

 思ったよりも、叔母様は俺の事を評価しているという事なのだろうか?

 喜んでいいのがどうかわからないが、とりあえずあまり責任のある立場にはなりたくないものである。


「お、おう。旅から戻ったら考えておくよ」


 むしろ、旅から戻れない理由が出来てしまったようだ。

 まあ、例え戻ったしても、長く国を出ていた王族にいきなり重職を押し付けたりはしないし、納得もしないと思うから、"俺がこの国の軍団長になることなどない"と思うが。


「どこに行くんですか?」


 もちろん、それは考えてある。

 この国を飛び出して旅に出ることは、子供の頃からの夢だったのだ。

 しかし、そう考えると、時間がかかりすぎたなと思う。

 本当なら、もっと若い頃に旅立つ予定だったというのに……。

 いや、今はそんな事を考えている場合ではないな。


「まずはこの大陸を一周だな。それから海を越えて別の大陸に行くんだ」


 世界地図によると、この世界では、"この大陸が一番大きい"という。

 だから、まずはこの大陸を。そして最後には世界中を回るのだ。

 

「楽しそうですね」


 そう言われると、モルディに全てを押し付けて、俺は勝手に好きな事をやっているようである。

 いや、実際にそうなのだが。


「いや、その……悪いな」

「何がですか?」


 ただ、何故だかモルディは首を傾げた。

 わかっていないのだろうか?


「王になることを押し付けちまったみたいでさ」

「いいえ。僕は"自分の意思"で王になったのです。ゼンドリックさんが気にすることはありませんよ」


 どうも俺が思っているほど、モルディは王であることを面倒だとは思っていないようである。

 いや、普通なら王である事を嫌がることもないのかもしれない。


「そうか!じゃあこの国は任せたぞモルディ!」

「はい!いってらっしゃいゼンドリックさん!」


 こうして俺は旅に出た。

 それは、世界中を回るまで終わらない旅になる"はずだった"。

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