エニール・ミーンその4
今日もあたしは外にいる。
あれから、あたしは毎日壁から外に出ている。
元々はこんなにしょっちゅう外に出ることはなかった。
外に出るために、通って来た穴を見ると、初めて外に出た時を思い出す。
テントから、外に出る道は、奴隷になってから見つけたものじゃない。
あたしが、この国に"普通に住んでいる"時に見つけたものだ。
その当時に、「穴が空いているから危ないよ」と兵隊さん達にも伝えてはいた。
でも、小さい穴だから放置されたのだろう。
奴隷になってから気づいたのは偶然だ。
たまたま目に入ったのだ。
その時は、(あの穴まだ残ってたんだ……)くらいにしか思わなかった。
でも、夜になると、あの穴から、外に出られるのでは?と考えてしまった。
でも、その日は我慢した。
でも、何日も、何日も、我慢することは出来なかった。
そうして、あたしはある日、外に出たのだ。
もちろん初めてではない。
奴隷になる前は、国の外に出る事なんてよくあった。
そして、よく怒られたものだ。外はモンスターがいるから危ないよと。
それからは、川に行くのが習慣となった。
別に川が好きと言うわけではない。
ただ、川の周りには、果物があったし、水が好き勝手に使えるのが嬉しかったから。
果物はナセじいにしか持って行ってない。あたしが外に出ているのを教えたのは、ナセじいだけだから。
逃げようと思ったことは一度もない。
逃げたらきっと、他の皆が責任を取らされるのだ。
そんなことはできない。
だから、バレない様に、たまにしか外に出ないようにしてたのだ。
でも、今は毎日のように外に出ている。
その目的は言うまでもないだろう。
「やあ、今日も来たんだね」
「こんばんは!」
この目の前にいる、"彼"と話をしたいからだ。
そのためだけに毎日のように、川へ来てしまうのだ。
別に恋心があるわけではない。だって彼はただの友人だし。
でも、なんだか放っておけないのだ。
どことなく、危なっかしいのだ。
記憶喪失は嘘だろうけど、何故か彼は……世情?だろうか?
世の中の事がわかっていなさすぎる。
だから、あたしが教えてあげないといけないのだ。
「昨日は、どこまで話したっけ?」
「魔族がどんな生き物かってところだろう?」
「そうそう!覚えてる?」
偉ぶっているけど、あたしも別に魔族について詳しいわけではない。
でも、これは知っていないといけないことだ。
「昔、魔王が作った、人間でもモンスターでもないものが魔族なのだろう?でも、魔王が人間に敗れて、魔族も滅んだはずだった」
それは、あたしが生まれるより、はるか昔の事だ。
でも、この世界の人なら誰でも知っている伝説だ。
「そうそう」
「だけど、魔族には生き残りがいて、瞬く間に人間は魔族に滅ぼされてしまったというわけだ」
あたしが知っているのは、それくらいだ。
というか、
「まだ、滅んでないんだけど」
世界がどうなっているのかなんて知らないけど、まだ魔族に滅ぼされていない国だってあるだろう。そう、きっと。
「ははっ、すまないね。君たちがいるのだからね」
わざとだろう。
結構、冗談を言うのだ彼は。
「あなたもね」
あたしがそう言うと、彼は驚いた顔をした。
なんだってそんな顔をするのだろう。
そんなに意外な事を言っただろうか?
「あ、ああ。そうだね」
「なによ、幽霊じゃないんだから」
幽霊じゃないよね?
よく考えたら触れたことはないかもしれない。
もしかしたら透けてたりして。
「幽霊、幽霊か。どれかと言うと僕は、この世界の人々にとって亡霊だろうね。亡者だよ」
「幽霊も亡霊も一緒だと思うけど?」
何が違うと言うのだろう。
「まあ、気にしないでくれ。それより続きを聞かせてくれるんだろう?」
「うん……」
彼は秘密が多い。
まあ、こんなところに住んでいる?時点でおかしいのだけど。
「そこの国。あたしたちの国はね。魔族が最初に襲った国の隣だったの。最初はみんな魔族が隣の国を占領したなんて信じてなかった。でも、瞬く間に魔族に襲われて滅ぼされちゃったの」
「……その時、君は?」
少し間があった。あたしに気を遣ったのだろう。
もう何年も昔の事だ。気にしなくていいのに。
「あたしの話は、また今度ね」
別にもったいぶっているわけではない。
長くなるかもしれないから、話すにしても順を追って話したい。
それを、どう感じたのかわからないけど、彼は頷いた。
「魔族は本当に強かったみたいで。お城の兵士は全く歯が立たなかったって。そうして、国は占領されて、生き残った人たちは奴隷にされちゃったの。この国だけじゃなくて、この辺りの国全てが」
とても大事な事だ。
「だから、あなたも森に家があるなら、モンスターと戦えて、力自慢なのかもしれないけど……魔族と関わったらダメ!」
これが一番言いたかったことだ。
「だから最初に、この国には入るなと言ったんだね」
「うん……」
出来れば、魔族の手の届かないと所まで行ってほしいのだけど。それがどこかわからない。
どこまで魔族が進行しているのかわからないのだ。
でも、何年も奴隷生活が続いているのだ。
期待を持つだけ無駄なのはわかっている。
「エニールは優しいんだね」
ドキリとした。
そんな言葉は言われ慣れている。みんながそう言ってくれるから。
でも、彼に言われると、何かが違うのだ。
「そ、そういうわけじゃ……」
きっと顔は真っ赤なのだろう。
「あっ!えーと……もう時間だ!あたし帰るね」
実際もう時間だ。そろそろ戻らないと。
「少しいいかな?さっき思いついたんだ」
「どうしたの?」
何の話だろう。
「お礼の話さ」
そういえば、そんな話もあったなと思う。
「なんでも任せてよ!」
あんまり無茶な事でなければね。
「"仮面"を作って欲しいんだ」
なんでそうなったのだろう。
「さっき亡霊と言ってね。思いついたんだ。不便だからね」
なにが?と聞いても答えてくれないのだろう。
「別にいいけど……どんなのがいいの?」
「どんなのでも……顔を隠せるならね」
綺麗な顔なのに、隠すなんてもったいない。
でも、無理な話ではない。
夜に少しずつ、木を削ればいいだけの話だ。
「任せてよ!」
だから、快く承諾したのだ。
「ありがとう。それじゃあ、またね」
「うん!バイバイ!」
最初は不思議にも思ったやり取りだ。
でも、今は毎回のやり取りとなっている。
こうやって別れて、また明日会うのだ。
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