ラエイン・ノステルその4

 畑仕事は、いつもと変わらない光景だ。

 でも僕には、いつもと変わって見えたのだ。


 それはもちろん、昨日、眠らなかったため、疲れているからではない。

 いつもとは違う仕事が、僕にだけはあるからだからだ。

 いや、ベナミスさんも同じことをしているのだった。


 そう考えて、ベナミスさんの方を見たが、ベナミスさんはいつもと変わらない感じだった。

 当たり前だ。いつもと違うのは僕だけなのだから。

 

 本当になんとなくだけど、ふと、エニールの方を見た。

 そうしたら、エニールは僕の方を見ていた。


 その時に、あることを思いついてしまった。

 それは、ここで、エニールに手を振ろうということだ。


 別にエニールを喜ばせるために、そういうことをしたいわけではない。

 これは予行演習だ。

 バレたら鞭打ちだろう。でも、これくらいの事が出来ないと、畑から野菜を持ち出すなんて出来ないのだ。


 仕様と決めたらもう、胸が張り裂けそうなくらい、"ドキドキ"と鳴りだす。


 さあ、もうしよう。


 僕はエニールに向けて、手を振った。


 そんな僕の様子を見て、エニールが驚いて、辺りを見回している。

 だれだってそうするだろう。

 なんだか僕は、おかしくなって、口を"二ヤリ"としてしまった。


 その時だった。


「おい!」


 心臓が跳ね上がる。

 魔族が大声を上げたのだ。

 バレた。そう思った。

 血の気が引いて、手が震える。

 いやな汗が噴き出した。

 呼吸が止まりそうだ。


「12番はいるか?」


 12番というのは、ベナミスさんの事だ。

 それは、つまり、"バレていない"。

 僕は胸をなでおろした。

 呼吸も整っていく。


 横目で見ると、ベナミスさんが魔族に連れていかれていた。

 ベナミスさんが魔族に連れていかれるのは、今回だけではない。たまにあることだ。

 でも、昨日の今日だと、嫌な考えが横切ってしまう。

 

 ベナミスさんが、革命軍のリーダーだと、バレてしまったのではないか?と言う考えだ。

 考えるだけでも恐ろしい。

 ベナミスさんがいなくなったら、革命軍は終わりである。


 焦っている僕とは反対に、当のベナミスさんは、魔族に連れていかれているというのに。涼しい顔をしている。

 なんであんなにも堂々と出来るのだろうか?

 僕なんてさっき、手を振ったことがバレたと思っただけで、顔が真っ青になったくらいなのに。

 やっぱり"ベナミスさんは凄い"。


 ベナミスさんは連れていかれてしまったが、僕の畑仕事は続く。

 そして、ベナミスさんが連れていかれたことは気が気じゃないけど、僕にもやらなければいけないことがあるのだ。


 だけど、なんだか慎重になってしまう。

 先ほどまで、大胆な行動をとっていたとは思えない程、臆病になってしまった。

 それは、一度、見つかったと勘違いしたからだろう。

 たったそれだけのことで、ここまで臆病になってしまうなんて情けない事だ。

 

 でも気づいたら時間が経っていて、もう辺りは暗くなってしまっていたし、ベナミスさんもいつの間にか戻っていた。

 そして結局、何もできないまま、僕は奴隷場へと帰るのだった。

 


     ♦



 テントに帰ってくると、僕はダオカンさんの元へとすぐに向かった。


 ダオカンさんはすぐに見つかった。頭を抑えている。きっとまだ二日酔いが抜けていないのだろう。隣にベナミスさんもいる。

 そんな状態でもダオカンさんは、僕を見ると笑顔になった。

 僕はなんの成果も得られなかったので、逆にその笑顔を見るのは辛いのだ。

 それにベナミスさんもいるのは、やはり僕にとっては良くない。

 いや、ベナミスさんと話せること自体は嬉しいのだけど。


「あのダオカンさん……」

「いや、いいんだいいんだ。わかってるよ」


 まだ何も話していない内に、ダオカンさんは僕の言葉を遮った。


「初日から上手くやれる奴なんていないんだよ。なっ?ベナミス」

「そうだな」


 何故分かったのだろうか?


「なんで、わかったのかって?そりゃ、そう暗い顔していたら誰だってわかるさ」


 そんなに暗い顔をしていただろうか?


「すいません」

「気にするな。誰にだってそう言うときはある」


 ベナミスさんはなんて優しいのだろう。

 感激のあまり泣いてしまいそうだ。


「ありがとうございます」

「ふっ、いいってことよ。俺も今日はなんも取って来てないしな」


 ダオカンさんがおどけて言う。

 きっとこれは、僕を思ってそういうことにしたのだろう。

 ダオカンさんも優しいのだ。

 ベナミスさんは何故だか顔を背けていた。そちらに何かあるのかと思ったが、何もない。


「それで、ベナミスさん。今日は大丈夫でしたか?」

「ん?あ、ああ。呼び出された事か。それは……その……少し荷物を運ぶのをやらされただけだよ」


 ベナミスさんは涼しい顔をしているけど、きっと普段の畑仕事など比べ物にならない程、大変な仕事だったのだろう。


「あー。すまんが、そろそろダオカンが限界みたいだ。ラエインも顔色悪いぞ。早めに寝たほうがいい」


 そう言われて、やっと"眠気を思い出した"。

 革命軍に入った初日から何も出来なくて、悪いという気持ちでいっぱいだったのだ。

 でも、今の和気あいあいとした会話で、気が緩んだのだ。

 ベナミスさんは、僕の状態を冷静に観察していてくれたのだろう。

 なんだかそれが嬉しい。


「それじゃあ、また明日。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 今日は上手くいかなかったけど、良い気分で眠れそうだ。

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