ラエイン・ノステルその1

 朝になると、いつも同じ声が聞こえてくる。

 

「おはよう!ラエイン!」


 その声と共に、笑顔が飛び込んでくるのだ。


「おはよう、エニール」 


 僕たちはエニールに助けられている。

 まだ、子供なのに、偉い事だ。

 僕もまだ子供なのだけど。

 いや、大人だった。

 今日から大人だった。


 僕は、今日から20歳となったのだ。

 この日をどれだけ待ち望んだかわからない。

 今日は特別な日なのだ。


 エニールは忙しいので、少し会話したら、すぐに別のテントへ行ってしまう。

 朝から元気なことだ。


 僕は水場に並んで、顔を洗って、少し水を飲むと、もう魔族たちが顔を見せて来た。いつもより早い。

 就労時間まではまだ猶予はあるのだけど、ダラダラと動いていると、鞭が飛んできてしまうので、キビキビと魔族たちの前に並ぶ。

 それから、待っていると、魔族が持ってきた金属で"カンカン"と鳴らすと、急いで残りの者も並ぶのだ。

 

 そして、番号札をチェックして、仕事へ向かわされるのだ。

 ちなみに僕の番号は35番だ。

 

 僕はまだ子供扱いなので、畑仕事をやらされる。

 20歳になったけど、そもそも魔族は、僕たちの年齢なんて興味ないし、老人が死んでしまうので、畑仕事はずっと人手不足だ。だから、このまま一生畑仕事をやらされるだろう。


 "今"はまだそれでいい。


 今日はナセじいも調子がいいようだ。いつもより軽快に動いているような気がする。

 奴らは老人だろうが、手を抜かない。

 倒れたらすぐに鞭打ちが始まる。

 エニールが庇ったら、エニールも鞭打ちされる。

 他に庇う人はいない。もちろん僕も。

 庇いたい気持ちはあるが、奴らの鞭打ちの時間が長くなるだけなのだ。


 今日は他の人も調子がいいのか、魔族の機嫌が良かったのか、はたまたここの魔族の長が来なかったからかわからないが、誰も鞭打ちされずに済んだ。

 そんな平和な日だったのだけど、僕にはとても長く感じたんだ。

 だって特別な日だから。

 待ち遠しかったからだ。




     ♦



 仕事が終わり、夜になる。

 いよいよだと思うと、待ちきれなくて、体を動かしてしまう。

 テントで待っていると、ダオカンさんが、テントに入って来た。

 

「待ちきれねえって顔だな」

「この日を、どれだけ待ったかわかりません」


 本当の事だ。

 

「しかし、お前はついてるよな。誕生日と今日が重なるんだから」


 今日なんて言うのは、変な言い方だ。

 でも、その通りなのだろう。


「行きましょう!」

「まあ、焦るなってベナミスも来てるんだよ」

「ベナミスさんがですか!」


 わざわざ迎えに来てくれるなんて、これほど嬉しいことはないだろう。


「外で待っているんだ。お前を驚かすためにな。でも、逆にこっちから行って驚かせてやろうぜ」


 ダオカンさんは、お茶目に笑う。

 面白そうだけど、そんなことをしていいのだろうか?


「さあ、行こうぜ」


 断る間もなく、外へと連れていかれてしまった。


「あれ、おかしい。どこに行ったんだベナミス?」

「先に行ってしまったんでしょうか?」


 待っているはずのベナミスさんがいなくて、僕は少し肩を落としてしまった。


「おっ!」


 ダオカンさんが声を上げる。

 その視線を追うと、暗がりの中からベナミスさんが姿を現した。


「どうしたんだよベナミス。あっ!もしかして、驚かそうとしてたな?」

「あ、ああ。いや、そういうつもりではなかったのだが……その……少しな……」


 なんだろう。ベナミスさんの返答は、やけに歯切れが悪い。それに、目が泳いでいる。しきりに、来た方を気にしているような気がする。何かあるのだろうか?もしくは、こんな時間に誰か――。


「ラエイン!」


 ハッ!とする。

 少し考えすぎたようだ。


「すみません」

「どうしたんだ急に?緊張しているのか?」

「ははっ、そうかもしれません」


 考えるのはやめよう。今日は、僕の大事な日なのだから。


「それじゃあ行こうか」

「はい!」


 そこから向かう先は、ここで一番大きいテントだ。

 ここには、昼に訪れることはあっても、夜には訪れることはなかった。

 というより、訪れてはいけなかったのだ。

 夜に子供は、このテントの中に入ってはいけないことになっているから。


「そう、緊張するな。知っている顔しかいないんだから」


 ダオカンさんはそう言った。そのまま、ダンカンさんに手を引かれて、テントの中に入った。


 テントの中は騒がしかった。もちろん。夜に騒いではいけないから、馬鹿騒ぎと言う程ではないけど。

 

「おい、みんな!一旦静まってくれ」


 ベナミスさんが一喝すると、一瞬でテントの中は静まった。

 やっぱりベナミスさんは凄い!


「みんなも知っての通り、今日から新しく仲間が増える」


 それは、もちろん僕の事だ。


「ラエイン。みんなに挨拶しろ」


 と言っても、全員知っている顔しかいない。

 それでも、これは必要な儀式なのだ。


「ラエイン・ノステルです!今日から"革命軍"に入隊することになりました!よろしくお願いします!」

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