第1章 エニールのドゥオーロ

エニール・ミーンその1

 陽射しがテントに差し込み、あたしの瞼を照らす。

 それに反応して、あたしは起きた。

 ねむけまなこをこすりながら、素早く体を起こすと、すぐにテントから外に飛び出した。


 まずは水場で顔を洗う。

 この水場は皆で使うから、水が零れない様にしないといけない。


 それから、テントを周って、

「おはよう!」

 

 と、みんなを起こして回るのだ。

 

「おはよう、エニール。今日も元気だね」


 そう言って、みんなは、のそのそとテントから出てくる。

 みんな同じ格好だ。ボロボロの服に、首から番号札を下げている。

 もちろん、あたしも同じ格好だ。あたしの札には48番と書かれている。


 ここにいるみんなは家族のようなものだ。

 あたしに両親はいない。


 そんなみんなと少し会話をして、次から次へとテントを周る。

 起きた人たちは、あたしと少し会話をした後、水場へ並ぶんだ。

 

 そして、最後のテントへと辿り着いた。

 ここは、ナセじいのテントだ。

 ナセじいは、きっともう起きている。

 だから起こす必要はないのだけど、ここでも大きい声で、


「おはよう!」


 と言うのだ。


「おはよう、エニール」


 ナセじいはテントから出てこない。

 ここでは、一番じいさんだから、最後まで休んでいる。

 ギリギリまで休んでいないと、体が持たないのだ。

 これから厳しい仕事が待っているから。

 

 なんで、老人にも厳しい仕事が待っているかと言うと、当たり前のことだ。


 あたし達はみんな奴隷だからだ。

 魔族の奴隷だからだ。


 ナセじいと少し会話をしている間に、"カンカン"と外で音が鳴りだした。

 仕事が始まる合図だ。魔族があたし達を読んでいるのだ。

 あたしはナセじいに肩を貸して、外へと出た。


 外ではみんながもう並んでいた。

 あたしたちも、急いで並んだ。


 あたしたちの先頭には、人間にそっくりだが、紫色の肌をした魔族が、モンスターを連れて立っている

 そして、魔族が番号を確認して、みんなを連れていく。


 あたしと、ナセじいは外で畑仕事だ。

 子供や老人はみんなそう決まっている。

 と言っても、子供も老人も、もうあまりいないので、大人の一部もついてくるのだけど。


 魔族があたしのところまで来て、番号を確認する。

 

 「48番。所定の仕事へ向かえ」

 「はい!」


 あたしは48番ではなくエニールだ。もうすぐ15歳のエニールだ。

 だけど、魔族相手にそんなことは言えない。

 言ったら鞭で打たれるだろう。

 だから、普通に返事をして、畑へと向かった。

 


     ♦



 当たり前だけど、奴隷の仕事は厳しい。

 魔族はあたし達を見ているだけ、監視しているだけだ。

 朝ごはんはないし、昼ごはんや、夜ごはんはあるけど、休憩も少ししかない。

 それで、早朝から夜中近くまで働かされるのだ。

 当然休みの日もない。


 前に、飢えて、畑の野菜に手を出した人は、鞭で打たれて死んでしまった人もいる。

 でも今日は、ナセじいも体調が良かったのか、倒れなかった。それに、みんなも頑張っていて、誰も魔族から鞭で打たれずに済んだから良い日だった。

 ここの魔族の長も、今日は何故か見回りに来なかった。いつも来るのに。


 そうして、いつになく平和に、今日の仕事が終わった。



     ♦



 みんなでテントまで戻ってくる頃には、もう夜中だ。


 他の人は、あとは自分のテントに戻って、眠って一日を終わるのだけど、あたしは戻って少ししてから、テントの裏側から、こっそり外に出た。

 あたしのテントは、元々は一人で使っていたわけじゃない。でも、みんな死んじゃったから、誰も止める人はいないんだ。

 あたしはここから、こっそりと"あるところ"へ向かうのだけど、今日は急に、後ろから声をかけられた。

 いつもは見つからないのに。


「エニールじゃないか?どうしたんだ?」


 どうしようか考えながら振り返ったのだけど、相手を見て運が良かったと思った。


「こんばんは。ベナミスさん。その……ちょっと……」


 このベナミスさんは、人望がある人で、よく一緒に誰かを連れて歩いているところをよく見る。リーダーなんて、持ち上げている人もいるくらいだ。

 でも、あんまり細かく文句を言うような人ではないというか……。

 きっとみんな気づいていないのだけど、あたしから見ると、あまり人の事情に首を突っ込みたがる人ではないのだ。


「むっ……そうか。あまり遅くなるなよ。魔族共に見つかったら大変だ」


 やっぱりこうなった。

 そう言って、ベナミスさんは黙ってどこかへと言ってしまったのだ。

 

 あたしは、ベナミスさんがいなくなったのを確認すると、あたし達の"奴隷場"の端まで行った。

 ここは、ちいさい穴があって、子供なら通れるんだ。

 あたしも、もうすぐ15歳だし、子供ではないのかもしれないけど、小柄だから通れてしまう。

 そして、そういった道をいくつか通って、"この国"を覆っている壁の外へと出た。


 テントどころか、国の外まで出ているところを魔族に見つかったら、すぐに処刑されてしまうだろう。

 それでも外に出る理由はあたしにはない。だけど外に出てしまうのだ。

 だって外にいる間は自由だから。

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