渡り廊下で俺たちは

クロノヒョウ

第1話


「なあ、これってもしかして、お前?」


 一・二年生と三年生の校舎を結ぶ渡り廊下で俺は後ろから声をかけられた。


「え、ああ……はい」


 振り向くと俺の目の前に雑誌を突き出している三年の東堂とうどう先輩が興奮した様子で立っていた。


「やっぱりな、このかわいい顔どっかで見たことあると思ったんだよ」


 東堂先輩は嬉しそうに俺の顔と雑誌を見比べていた。


「あ、悪いな、俺は三年の東堂」


 (知ってる……)


「……俺は葛城冬也かつらぎとうやです」


「冬也……お前すげえな。この雑誌好きでさ、俺毎月買ってんだよ。そしたら冬也が出ててびっくりした。お前この服とかめっちゃ似合ってるよ」


「ありがとうございます」


「俺服が好きでさ、俺も前にこの雑誌で読モやってたことがあるんだよね」


「へえ」


 (それも知ってる……)



 そうだ、俺も前からファッションに興味があって中三の時にたまたま見た雑誌で東堂先輩を見つけた時の衝撃は今でもよく覚えている。


 長身によく似合うダボッとしたロングコートがまた一層先輩のスタイルの良さを引き立てていて俺は一瞬で先輩の虜になった。


 俺もこんな風に服を着こなしたい、先輩のようになりたいと必死でファッションの勉強をした。


 先輩の載っている雑誌は全て買って先輩の情報を集めることが俺の楽しみだった。


 そうするうちに俺の中の先輩への憧れはいつの間にか恋心のようになっていたことに気づいたのは先輩と同じ高校に入学してすぐだった。


 初めて実物の東堂先輩を見たのはこの渡り廊下だった。


 目の前から歩いてくる先輩を見た時に俺は心臓が飛び出るくらいにドキドキしていた。


 (やっべえ、本物めちゃくちゃカッコいい)


 写真の何倍も、いや何百倍もカッコいい先輩を見て俺は自分が先輩のことを好きになっていたことに気づかされたのだった。


 その東堂先輩が今、俺の目の前にいて俺に話しかけてくれている……。


 俺は自分の浮かれた気持ちを隠そうとうつむいてしまった。


「あ、もしかしてモデルやってること秘密だった?」


 そんな俺を見て先輩は俺の耳もとで小声でささやいた。


 (ち、近いって……)


「いや、んなことないですけど」


 顔が熱くなるのがわかった。


「ならよかった。そうだ、連絡先交換しねえ? 俺もっとお前と話したいんだけ……」


「えっ、いいんですか」


 俺は思わず食いぎみに返事をしていた。


「ぷはっ、お前ほんっとにかわいいな」


「へっ、かわ、かわいい……」


 先輩は俺の手から持っていたスマホを取りあげた。


「ほら……これ俺の。んじゃまたな冬也」


 先輩は俺の頭をポンッと触ってから笑顔で手を振った。


「あ……」


 先輩は後ろ姿さえカッコ良かった。


 (マジか……夢じゃないよな……)


 まだドキドキしながら俺は返されたスマホを覗き込んだ。


 そこには東堂先輩の連絡先がしっかりと登録されていた。


 (夢じゃなかった……すげえ)



 その日をきっかけに俺は憧れの東堂先輩と仲良くなることができた。


 休み時間や放課後にこの渡り廊下で話すようになり、休みの日は二人でショッピングに出かけたりもした。


 いつも明るくて俺のことをかわいいと言ってくれる優しい先輩のことを俺はどんどんどんどん好きになっていた。


 でも先輩はもうすぐ卒業してしまう。


 (もう先輩とはこんな風に会えなくなるんだよな……)


 先輩の家にお邪魔していた俺は何を血迷ったかとんでもないことを口にしてしまった。


「俺、実は先輩が読モやってたの知ってました。東堂先輩に憧れて、東堂先輩に追い付きたくてあの雑誌のモデルになろうと思ったんです」


 先輩の部屋に二人きりでいること、もうすぐ会えなくなること、先輩への想い……いろんなことが俺の頭を混乱させて俺は無意識のうちに本心を打ち明けていた。


「本物の先輩もめちゃくちゃカッコ良くて、好っ……」


「えっ?」


「えっ? あ、いや、俺……その……すみませんっ……」


 気づいたら俺は先輩の家を飛び出していた。


 (先輩の驚いた顔……)


 (絶対変なヤツと思われた……)


 (どうしよう……もうおしまいだ)


 後悔ばかりが押し寄せていた。



 次の日学校で俺は先輩に何と言い訳しようか悩んでいた。


 (いっそのこと言ってしまおうか……)


 その時先輩からメッセージが届いた。


『渡り廊下で待ってる』と。


 チャイムが鳴ると同時に俺は渡り廊下まで走った。


「東堂先輩っ……先輩すみません、俺昨日変なこと……」


 先輩はいつも通りの優しい笑顔だった。


「ハハ、犬みてえ……」


「はい?」


「俺さ、昨日あれからいろいろとお前のこと考えてたんだけどさ」


「は、はい……」


「冬也ってもしかして俺のこと好きなの?」


「えっ、あの……えっと……はい。俺は東堂先輩のことが好きです」


「……そっかぁ」


「せん……ぱい……?」


 見上げると先輩は耳まで真っ赤になっていた。


 (……照れ、てる……?)


「えっ、先輩これってもしかして……」


「……さあ……教えねえ」


 先輩はそう言って笑ってから俺の唇にそっとキスをした。




           完





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