34、新たな始まり

◆◆◆◆◆


 夢。そうこれは夢。とてもとても不思議な夢であり、少年の思い出だ。

 幼い頃、一人でクロノは詩を詠んでいた。人前でやるとよくバカにされていたためである。


 だんだんと一人で詠むようになり、気がつけばひとりぼっちだった。

 そんなクロノに妙な声がかかる。姫と遊んで欲しいと言われた時には、大きな不安を抱いたものだ。


 しかし、実際に会ってみると意外と話が合う。楽しく遊ぶこともできた。

 こんな時間が続けばいいな、っと思うほどだった。しかし、終わりは来る。


 最後の夜、クロノは不思議な体験をした。姫が歌う中、魔術で文字を記していくクロノの頭に不思議な声が響く。


『あぁ、いい歌だ』


 それは、誰の声だったかわからない。しかしそれは、とても懐かしんでいるように思えた。

 不思議な声は、慎ましく笑う。楽しげに、何かを思い出すかのように、優しく笑っていた。


『少し、身体を借りるよ』


 一緒に楽しみたい。ただそれだけの思いで声はクロノの身体に宿る。クロノはそれに応え、一緒に詩を綴った。


 自分だけでなく、誰かのために。

 誰かのためだけでなく、目の前の少女のために。


 そんな楽しい楽しい時間が過ぎていった。

 それが、魔術が形になった要因であることをクロノは知らない。


◆◆◆◆◆


 事件が終わり、三日ほど経過した。あれ以降、妙な事件は起きていない。

 祝祭も特に大きなトラブルはなく進んだ。あまりにも順調だったため、クロノが大きな口を開いてアクビを溢すほどだった。


 いつもながら気の抜けているクロノに、ヴァンは呆れる。なぜこんなやつが国を救ったのか、と思っていると隣に立つ少年が声をかけてきた。


「ねぇ、ヴァン。祝祭終わったら中間テストだよね?」

「そうだが?」

「実技もあるよね?」

「当たり前だ。俺達はまだ学生だからな」


 クロノはうんざりした表情を浮かべる。仕方がないことだが、模擬戦はたいしたことのない彼にとって死活問題の課題だ。

 ヴァンは頭を抱えているクロノを見る。そして仕方なしにこんな提案をした。


「特訓してやろうか?」

「えー、でもぉ……」

「お前に合わせたトレーニングメニューにしてやる。後はそうだな、剣の扱いも教えてやろう」


 クロノは考える。だが考えたところで仕方がない。それにヴァンが厚意で申し出てくれたんだ。無碍にする訳にはいかない。


「あんまりキツくしないでよ?」

「お前次第だ」


 そう言葉を切られると、クロノは大きなため息を吐く。だが、すぐにそれは消え、楽しげな笑いが溢れた。


「何笑っているんだ」


 二人で笑っていると、厳しい先輩がやってきた。二人はすぐに顔を引き締め、「申し訳ございません」「異常ありません」と返事する。


 先輩はそんな二人を見て、やれやれと言いながら後頭部を掻く。そして一緒にやってきた同僚と共に、こう告げた。


「ここは俺達が受け持つ。お前達、早く行け」


 思いもしない言葉に二人は互いの顔を見合った。それを見て先輩は、怪訝な表情を浮かべる。


「まさか聞いてないのか?」

「聞いてないも何も、何も指示は来てませんが」

「ったく、あの上司は。まあいい、俺が伝える」


 先輩は呆れながらも改めて胸を張る。そして二人にある辞令を下した。


「クロノ、ヴァン。お前達はこれからスピーチをする王女の警護につけ。ここは俺達が受け持つ。いいか、絶対に粗相をするな。これは騎士団の名誉に関わる重要任務だ!」


 思いもしない辞令。クロノ達は驚きに包まれるが、すぐに顔を引き締めて返事をした。


「「はい!」」


 これは、始まりにすぎない。

 クロノとヴァンが生きる新たな時代の始まりにしかすぎないのだ。

 そしてその二人の英雄騎士と共に進む者達は、その隣に立ち笑う。

 背中を追う者だって現れる。しかしそれは、まだ先のことでもある。


「なんで私がやらないといけないんですか?」

「アイリス様は急務でいないからね。ま、ここは双子の妹として頑張ってよ、フィリス姫」

「殴ってもいいですか、ノア副団長殿」


 これは新しい時代の始まり。その先頭に立つ二人の英雄騎士の華々しいデビューである。

 さあ、新たな時代に夢を飾ろう。心ゆくままに想いを綴り、足跡を記していこう。


「申し訳ございません! 遅くなって、ってフィリスじゃん!」

「私で悪かったわね。姉様のほうがよかった?」

「いや、そうは言ってないけど。というかその格好……」

「似合わなくて悪かったわね。ま、代役として頑張るから大目に――」


「すごい綺麗じゃん! どうしたの? 本当にお姫様みたいじゃないか!」

「ねぇ、褒めてるの貶してるの?」

「じゃれ合うのはそこまでにしろ。そろそろ時間だ」


 三人はその新時代へ踏み入れる。多くの人々が見守る中、高らかに宣言する少女を二人の英雄騎士は後ろから見つめた。


 夢のような時間。想いが溢れるその場所は、まさに美しく雄々しい。


 これは始まり。新たな始まり。

 希望を抱かせる新時代の始まりである。


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詩詠み騎士の夢想曲《トロイメライ》 小日向ななつ @sasanoha7730

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