33、月と星が広がる夜空

◆◆◆◆◆


『クオォオォォオオオォォォォォッッッ』


 けたたましい叫び声がダランベールの口から放たれる。ヴァンはその声を掻き消すようにさらに剣を深く突き立てた。

 忌々しげに、ダランベールはヴァンを睨む。しかし、どれほど睨みつけてもその刃は抜けない。


『クソ、クソ、クソ! 俺が、この俺がこんな奴らに――』


 なぜ負けたのか。ダランベールはわからなかった。

 どうしてこんな結末なのか。ダランベールは理解できなかった。

 ふと、その目にある人物の姿が入ってくる。それは静かにダランベールの終わりを見つめているクロノの姿だった。


『お前さえいなければ――』


 怒り、憤り、歯を剥き出しにし、魔法使いは叫ぶ。こいつさえいなければ、全て上手くいっていた。こいつがいなければ、きっと。

 だが、クロノはそれを否定する。


『お前は負けていた。ここにいる者達によって倒されていた。私がいなくても、こうなる運命だったよ』

『ほざけッ! 俺がこんな奴らなんかに!』

『私が手を貸さなくとも負けていたさ、ダランベール』


 ダランベールは違和感を覚え、気づく。

 目の前にいるそれは、少年ではないと。


『お前、まさか――』


 クロノはそれ以上告げない。

 ダランベールはそれを見て、気づく。

 目の前にいる存在は何なのかに。


『クク、ククク。そうか、俺への復讐のために手を貸したか。お前も落ちぶれたな』

『私は変わらないさ。変わったのはお前だ。ダランベール』

『ククク、ハハハハハ! これはいい土産話ができた。いいだろう、今回は負けてやる!』


 不気味な笑い声が響く。クロノは消えていくダランベールを見つめた後、空を見上げた。

 ヴァンは剣を収め、空を見つめる少年に目を向けた。その顔は少し悲しげであり、どうしてそんな表情をしているのか彼にはわからなかった。


◆◆◆◆◆


 闇色が支配した空。何も見えない世界で、それを見つめる青年がいた。

 自分は何をしていたのか。思い出そうとしても思い出せない。そういえば痛い思いをしていた気がした。


 ふと、空にほのかな光がこぼれた。最初は一つ。次は三つ、五つ、十。

 だんだんと広がるように増え、気がつけば星空のように闇色のキャンパスは彩られた。


「そうだ……」


 青年は思い出す。僕はこんな所にいる場合ではない、と。

 戻らないといけない。この世界に引きこもっている場合でもない、と。


『くっ、そ!』


 星空を見つめていた青年の耳に聞き覚えのある声が入ってきた。顔を向けるとそこには、真っ黒な球体が浮かんでいる。

 青年はそれが何なのか思い出す。だからこそ、この存在と決着をつけなければならない。


『ま、待て! 取引をしないか?』

「悪いけど、そんな気はないね」

『いいから話を聞け! お前にとって悪い話じゃあ――』


 青年は拳を固く握る。ゆっくりと近づき、何かを言いかけたその存在に強烈な一撃を叩き込んだ。


「そんな気はないと言っただろ」


 黒い球体に亀裂が走る。それは次第に大きくなり、大きな音を立てて弾け飛んだ。


『おのれ、おのれ! このまま終わってたまるか!』

「いや、終わりだ。君の負けだよ」


 青年、いやノアは宣告する。そしてトドメの一撃を叩き込んだ。

 黒い球体は憎々しげに叫び、霧散して消えていく。ノアはその様子を見守ると、星がより一層輝いた。


 戦いは終わり。しかし、ノアは感じていた。

 まだ終わってなんかいない。これはまだ始まりに過ぎないかもしれない、と。


◆◆◆◆◆


 その日の夜は明るかった。

 夜空には大きな満月が浮かんでおり、その周りには負けじと輝く星が彩られている。


 美しく、だが明るすぎる夜は人々を魅了した。

 そんな中、ジャクシオ達とぶつかり合うノアの姿がある。しかし、その動きは鈍い。


「く、そ!」


 異変が起きたのは月と星が輝いた時だった。ノアは途端に動かなくなり、その場に膝をつく。

 その姿を見たジャクシオは拳を鳴らす。ゆっくりと近づき、苦しみ黒いモヤを出しているノアに声をかけた。


「悪いが、そいつは返してもらうぞ」


 ノアは、いやノアに取り憑いた何かは顔を歪める。だが、それと同時に怪しげな笑みを浮かべた。


「ククク、負けを認めてやろう。だが、これが終わりではない」

「負け惜しみだな。何ができる?」

「保険をかけさせてもらった。それに俺は完全に負けてなどいないさ」


 ジャクシオは引っかかりを覚える。だが、それはすぐに忘れることにした。

 ゼルクスが隣に立ち、ノアを見下ろす。そして黒いモヤに告げた。


「ならば叩き潰すのみだ」


 師は戦う意志を見せる。

 ならばジャクシオは、その意志に従うのみだ。


「まあ、そういうことだ。諦めろ」

「やれるものならやってみろ」

「叩き潰してやるさ。これは頭金だ」


 ジャクシオはノアの頬に強烈な一撃を叩き込む。そのまま転がっていき、壁を背中に打ちつけてノアの身体は止まった。

 途端に黒いモヤが消える。そのままジャクシオが顔を覗き込むと、ノアは顔を歪めていた。


「痛いですよ、団長」


 その口調は、その顔は元のノアのものだった。ジャクシオはそれに気づき、いつもの笑顔を浮かべた。


「目覚めにはちょうどいいだろう?」


 こうして一つの事件が終わる。だが、この事件を知る者達はこれで終わることはないと感じていた。


 そう、これが始まり。この事件の終幕は、一時の休息を得たに過ぎなかった。

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