25、白が黄金に変わる時
◆◆◆◆◆
闇に染まった空。星も月も見えない空。そのはずなのに真っ黒なキャンパスには白い輝きが点々と存在した。
その輝きは星のようであり、ゆえに人々はすぐ傍まで迫っている危険に気づいていない。
そんな中を飛び回る二体のドラゴンがいた。背中には若き騎士を背負い、危機に陥った主を助けようと翼を力強く羽ばたかせる。
頼もしい限りの姿だ。しかし、ヴァンはその背中にしがみついている少年の姿を見て不安を覚えた。
「落ちる落ちる落ちるぅー!」
ここに来る前まではとても勇ましかったクロノだが、移動し始めた途端に情けなくなった。
どうしてこんなにもガッカリしているのかわからないヴァンは、ひとまずうるさい少年を黙らせることにする。
「少し静かにしろ。集中ができない」
「そんなこと言われたって! というか、ヴァンはどうして乗りこなしているんだよ!」
「騎乗訓練を真面目にしてただけだ。もっと腰を落とせ。しっかりドラゴンの身体を股で固定しろ」
「こうなるんだったら真面目に訓練すればよかったよ、チクショー!」
ひとまずクロノの体勢を整えさせ、ようやく安定したところでヴァンはフィリスへ顔を向けた。
見た限り覇気がない。目はどこか朧気であり、とてもではないが正気に思えなかった。
もしかすると、最悪な事態を考えなければならない。彼がそう考えているとクロノは力強く否定した。
「大丈夫だよ。ヴァンができないことは僕にできる。だから、安心して」
ニッ、とクロノは憎たらしい笑顔を浮かべる。それはどこか頼もしくもあり、だからヴァンは笑い返した。
「余計に心配になる。だが、頼りにするぞ」
ヴァンはまっすぐにフィリスを見る。クロノも一緒に前を向き、戦闘態勢になった。
翔るドラゴンはその二人の想いに応えるかのように加速する。風を切り、正気を失っている主へ飛び込んだ。
『邪魔』
フィリスが何かを呟いた瞬間、浮かんでいた白い文字が集まってくる。そして手のひらをクロノ達へ向けたその時、一斉に飛びかかった。
それは豪雨のように激しい連撃。ドラゴンはその攻撃を躱し、少女へ近づこうとする。
しかし、数が膨大だ。躱しきることができず、そのうちの一つがドラゴンの翼を掠めた。
直後、大きな爆発が起きる。ドラゴンの体勢は崩れ、乗っていたクロノは放り出された。
「クロノ!」
少し遅れて気づいたヴァンはクロノを助けようとドラゴンに反転を指示する。だが、ドラゴンは言うことを聞かない。
その理由をヴァンはすぐに知る。飛び交う不気味な文字が、ヴァンの周りを取り囲んでいるのだ。
下手に助けに向かえば確実にやられる。ドラゴンがそう判断したために回避に集中していた。
ヴァンは思わず「くそ!」と言葉を吐き出した。このままではクロノが地面に叩きつけられてしまう。しかし、助けようにも助けられない。
そんな中、白い文字がクロノを取り囲んだ。
飛び込もうとする白い文字。それが怪しく煌めいた瞬間、クロノは羽ペンを走らせた。
『凍てついた心よ。閉ざされた想いよ。あなたが隠した顔を見せて欲しい。本当のあなたを見せて欲しい。怖がらないで、恥ずかしがらないで。ありのままのあなたはとても美しいから。だから笑うことを恐れないで』
それは、誰に向けての詩だろうか。
クロノが羽ペンを走らせ終えると、途端に黄金文字が輝きを放った。
その輝きは取り囲んでいた白い文字をも包み込んでいく。気がつけば全てが黄金に変わり、クロノへの突撃をやめた。
「うわっ」
見計らったかのようにドラゴンがクロノを助ける。そのまま駆け上っていくと、黄金に輝く文字が少年の後ろを追いかけてきた。
クロノは窮地を迎えているヴァンの元へ飛び込む。そして羽ペンを走らせ、味方となった文字を飛ばした。
「ヴァンを守れ!」
飛ばされた文字はヴァンの周りを取り囲む。そのまま白い文字とぶつかり、黄金の輝きを散らして空の中へ四散した。
一瞬、ヴァンは呆然とする。しかし、クロノが声をかけたことで大方を理解する。
「お前、よく無事だったな」
「運は強いからね。それよりもヴァン、助ける方法を見つけたよ」
「どんな方法だ?」
「たぶん、フィリスは操られてる。下手に肉体的ダメージを与えるとダメだから、精神的ダメージを与えるんだ」
「つまりどういうことだ?」
「それはね――」
クロノが何かを言いかけた瞬間、白い文字が大量に現れた。先ほどとは比にならないほどの数に、ヴァンは冷や汗をかく。
しかし、クロノはそれを見てすぐに対抗策を発動させる。
「ここは任せて!」
「だが!」
「とにかく精神的ダメージだよ! 方法は任せた!」
クロノは羽ペンを走らせる。黄金文字が出現し、飛びかかってきた白い文字を次々と仲間に変えていく。
だが、数が多すぎる。魔術の効力が届かない白い文字までは仲間にできなかった。
飛び込んでくる敵をクロノは味方になった文字で防ぐ。次々と四散していく中、空を翔るヴァンに目を向けた。
「ったく、人任せにするな!」
精神的ダメージ、と言われて思いつく方法はない。そもそもどうすれば正気でない人物に精神的ダメージを与えられるだろうか。
わからない、と投げやりになりながら考えるヴァン。どうにか手が届く所まで近づき、フィリスの身体を掴もうとした。
だが、手を伸ばした瞬間、点々とした白い輝きがヴァンの周りに現れる。
「くっ」
このまま手を伸ばせば身体を引き寄せられる。しかし、掴んだ瞬間に白い文字が飛び込んでくるだろう。
だがそれでも、ヴァンは手を伸ばす。このまま死ぬよりは、フィリスを助けて死んだほうがマシだった。
「迷うな!」
唐突に勇ましい声が鼓膜を揺らした。視線を向けると大きな背中がそこにある。
その勇ましい男は、何かを握り潰し放り投げた。直後、大きな花がいくつも咲き、白い文字が爆ぜる衝撃を全て防いだ。
「あとは任せたぞ、新人!」
助けてくれた団長ジャクシオに感謝しつつ、少女の手を掴む。そのまま身体を引き寄せ、ヴァンはドラゴンと空を翔る。
白い文字は主を取り戻そうと少年を追う。フィリスはというと、ヴァンの手から逃れようと暴れた。
「くそ! どうしろというんだ!」
ヴァンは苦悶する。このまま逃げていては解決にならない。だが、どうやって精神攻撃すればいいかわからなかった。
そんな中、フィリスに頬を引っかかれる。ヴァンは思わず顔を向けると、ある箇所が目に入った。
「……くそが!」
おとぎ話がある。それは呪いによって眠りについた姫が、王子の温かな口づけによって目覚めるというものだ。
精神攻撃、なのかわからないが精神的に訴える何かはあるだろう。そう考えたヴァンは、一瞬だけ迷った後に少女と唇を重ねた。
「――ッ!」
その顔は、明らかに驚きで満ちていた。
その目は、驚きのあまりに大きくなっていた。
だが、次第に落ちつきを取り戻し、静かに瞼が下ろされていく。いつしか少女は眠りにつき、追いかけていた白い文字はというと空間の中へ溶け込んでいた。
初めてのキス。
それは甘酸っぱいものであり、こんな時でなければ嬉しい初体験でもあった。
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