24、戦いを始める下準備

◆◆◆◆◆


 闇夜が広がる王都の空。先ほどまで綺麗な満月が笑っていたはずなのに、今は雲によってすっかり顔を隠してしまった。


 人々はそんな空を気にすることなく楽しんでいる。酒の肴として惚気話をしたり、我が子の自慢をしたり、場合によっては笑えない体験談を笑い話にして盛り上がっていた。

 子ども達は並ぶ屋台で遊戯や甘味を楽しみ、ヤンチャな我が子と酒でダメになってしまった旦那に頭を痛めつつ駆ける母親はどこか幸せそうな顔をしている。賑やかな王都はまさに平和そのものだ。


 だが、その裏で奔走する者達にとっては気が気でならない事態が起きていた。


「副団長が消えた!? 行方は?」

「わかりません! おそらく魔術を使ってどこかへ――」

「新人は? 新人はどうした!?」

「現在、空で団長と交戦してます! すぐに応援に向かいます!」


「バカヤロー! ペガサスは祭りで全部出払ってるっつーの!」

「グリフィンは? グリフィンなら団長のところに行けます!」

「あんな気性の荒いやつ、乗れるか! そもそも王様しかいうこと聞かないバケモノだぞ!」


 大鴉の騎士団レイヴン・ナイツは指揮系統が大いに混乱している。


 理由は二つ。

 一つは副団長ノアが王国を裏切るような行動をしていること。

 二つは新人が団長ジャクシオと交戦していること。悪いことにジャクシオが劣勢なのがこの混乱に拍車をかけていた。


 どうにかこの非常事態の中、通常業務もこなそうとしているもののそれは無理な話だ。多くの騎士がどうにかジャクシオに加勢できないか、と模索し始める事態に陥っていた。

 しかし、空を飛べるペガサスは祭りで全て貸し出されている状態だ。無理にペガサスを拝借すれば人々に気づかれる可能性があった。


 阿鼻叫喚する騎士団はどうするべきか、と考える。このままジャクシオが押されれば、最悪の事態になる前に避難誘導させなければならない。

 そうなれば騎士団の名誉と信頼が落ちる。ただでさえめちゃくちゃをやるため、これ以上の信頼を失ったら騎士団自体がお取り潰しされても仕方がない状態だ。


 そんな中、思いもしない報せが飛び込んでくる。


「大変です! 塔から二体ドラゴンが来ます!」

「何ぃー! こんな時になんで来るんだッッ」


 もはや騎士団は手がいっぱい。にも関わらずトラブルが舞い込んでくる。

 いつもならばペガサスに乗って適当に逃げ回り、満足して帰ってもらうものだが今回ばかりはそんなことできない。副団長代理を務める男が頭を抱えた瞬間、妙な情報が入ってきた。


「え? あ、はい。ですが……わかりました。伝えます」

「こんな時にどうした?」

「団長からの通信です。ドラゴンを攻撃するな、とのことです」

「はっ? こんな時に何を言って――」


「その、団長が言うには新人が乗っているそうで……」


 それは思いもしない言葉だった。新人は三人。そのうちの一人はなぜかジャクシオと交戦中だ。

 では残り二人はどこにいるのか。もし団長の言葉を信じるならば、二体のドラゴンは味方となる。


「あ、あの、どうしますか?」


 副団長代理の男は考える。

 もしドラゴンが味方ならば、戦況は一変する。副団長を止めることだって叶うはずだ。


「団長を信じよう。俺達はできる限り邪魔しないよう支援。通常業務についている者は国民に悟られないように働けと伝えろ」

「は、はい!」


 副団長代理の男は、大きな決断をした。この決断が間違っていないことを祈りつつ、二人の新人と団長を信じて戦況を見守り始める。


◆◆◆◆◆


「参ったな」


 ジャクシオは困っていた。騎士になり十数年。まさか守るべき者と戦わなくてはならないとは思ってもいなかった。

 ふんわり空を漂う大きな綿毛を持った植物の茎を握り締めつつ、目の前にいる少女を見つめる。


 展開される白い文字。ジャクシオの頭では理解できない言葉だが、おそらく古い言葉だろうと推測する。そんな文字を周囲に展開する少女の目は光を失っており、見た限り洗脳され操られていることがわかった。


 本気を出せばこのまま倒すことはできなくはない。しかし、それは避けたい。倒してしまえば国を揺るがす一大事になる。

 そう考えていると、少女はおもむろにジャクシオへ手のひらを向けた。反射的に彼は手にしていた種を握り潰し、目の前へと放り投げる。


 直後、大きな花が咲いた。途端に爆発が起きる。ジャクシオは爆炎に包まれる花びらから視線を少女へ向け、無機質な顔を見つめた。

 笑うことも泣くこともできなくなっている。それは悲しいことであり、どうにかしてやりたいとジャクシオは思う。


「ん?」


 どうすれば助けられるか、とジャクシオが考えていると妙な輝きが目に入ってきた。思わず目を凝らすと、それはドラゴンだと気づく。


 こんな時にか、とジャクシオは眉間にシワを寄せた。だが遅れて妙だな、とも感じる。

 ドラゴンは暇潰しに遊びに来ることがあった。しかし、頭のいい彼らは人に危害を与えない。それどころかちゃんと満足するまで遊んでやれば帰ってくれる存在だ。


 そんなドラゴンがこのタイミングで遊びに来るだろうか。そう考えているとジャクシオはその背中に跨がる者の姿を見つけた。


「うひゃー! 風ヤバい。ヤバすぎるよぉー!」

「もっと身体に貼り付け! 落ちるぞ!」


 二体のドラゴンに跨がる者。それは新人であるクロノとヴァンだ。

 ジャクシオは二人に気づくと同時に、通信機を起動させる。


「あ、あー、俺だ。ジャクシオだ。応答を願う」

『団長! 大丈夫ですか!?』

「大丈夫だ。それよりこのドラゴン、絶対に攻撃するな」

『え? どうしてですか?』


「二体とも味方だ。その証拠に新人が乗っている」

『ええっ!?』


 ジャクシオは空を翔るドラゴン達を眺める。とても楽しそうな姿であり、勇猛であり、どこか美しくもあった。

 その背中に跨がる新人二人も不思議と猛々しいもので、なぜか様になっていると感じた。


『ですが団長――』

「ここは俺達がどうにかする。だからお前達はあまり手を出すな」


 いいな、と付け加えてジャクシオは通信機から口を離した。これでおそらくあまり邪魔は入らない。

 それにドラゴンが味方だ。本気を出さないで済む状況になった、とジャクシオは微笑んだ。


「さてと、ここはサポートに回るか。任せたぞ、若き騎士達よ」


 始まる空の戦い。

 闇に染まったキャンパスを彩る戦いが、繰り広げられる。

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