23、二人の騎士は竜と翔る
◆◆◆◆◆
闇夜に支配された空の下、二つの塔の間にある石碑に刻まれた文字が白く輝いていた。
それには風化によって削れ、読めなくなっていた箇所にも文字が浮かんでいる。クロノは不思議に思いながら刻まれた文章を声に出して読み始めた。
「我は待つ。〈月神子〉と〈星神子〉がそろうその時まで待ち続ける」
消えていたはずの文字。言葉にして読むとそれは黄金に染まり、幻想的な輝きがクロノを包み込む。
不思議な力が溢れていく。少年は大きな高揚感を抱きながら続きを口にする。
「理想は夢、夢は〈月〉。希望が輝く夜空には隠れ、希望が隠れると理想は顔を出す。かつて夢見た者は〈星〉の如く満ちあふれ、理想を抱く者は己を見失い走る。しかし二つは同じ。時は共にできなくとも、想いは同じ。ゆえに我願う。夢でしかあらぬ光景を夢見て、叶わんことを。この想いを読みし者よ、我が願いを叶えたまえ――」
月と星。その神子がそろうことを待つと石碑に書かれている。
どういう意味なのか。クロノは考え、そして一つの結論に至る。
「もしそうなら……」
とんでもないことだ、とクロノは単純に思った。だが同時に隠す必要があったのかとも感じる。
もし隠さなければ、フィリスの人生は全くの別物となっていたはずだ。
クロノはそのことを考えると言葉が出なかった。
そう、全くの別物に、だ。もしかしたらあんな風に笑い合えなかったかもしれない。それに、一緒に騎士を目指すなんてこともなかったはずだ。
様々な疑問がついて回る。しかし、それは全部後回しだ。
「ぐ、うっ……」
ヴァンが苦しげな呻き声を溢した。それでクロノは彼に意識が戻る。
フィリスを助けるためにもヴァンを復活させなければならない。彼の身体について回る黒いモヤをどうにかしないと、もしかしたら死ぬ可能性がある。
だが、どうすればヴァンの身体から取り除けるかわからない。
「グルルゥ」
クロノが困った顔をしていると、様子を見守っていたドラゴンが鳴く。少年が顔を向けるとそれはある方向を見つめていた。視線を合わせるとそこには白く輝く塔の壁がある。
ドラゴンに促されるように少年は近づいていく。そこには文字が刻まれており、それを目にした瞬間、クロノの頭の中に大量の何かが流れ込んできた。
『心ゆくまま想いを詠め。想いのままに詩を綴れ。希望を生み出すのは己であり、己が夢を作り出す。希望と夢を抱き、己がために想いを叫べ。さすれば汝の中にに眠る夢想は形となろう』
それは、古き時代に刻まれた詩。心のままに詠み上げられた言葉は荒々しく、ゆえに力強くもある。
語りかけてくる詩はクロノの頭の中で響く。激しい痛みに襲われるが、それはすぐに消える。
そう、こんなことに負けている暇はない。時間がないからこそクロノは流れ込んでくる情報を受け入れた。
そして、問われる――お前の夢はなんだ、と。
「王女様の傍で、詩を詠むこと。それが僕の夢だ!」
ハッキリと問いかけてきた存在に答えてみせる。その答えを聞いたそれは、満足げに微笑みながら言葉を放った。
『汝の夢、しかと聞いた。叶えてみせろ〈詩詠みの騎士〉よ』
文字が黄金に染まり、クロノの胸へ飛び込んでいく。途端に懐かしい歌が響き、少年の心を包み込んでいく。
「我が夢、我が想い」
クロノは羽ペンを手にし、空間に文字を刻み始める。黄金に輝くそれは、気絶しているヴァンの周りに集まっていた。
「守るべき姫のために詩を詠む。仲間と共に楽しく笑う。我は詩詠み――姫と仲間の心を癒やす〈詩詠みの騎士〉なり」
それは決意。クロノが抱く覚悟である。
だからこそクロノは夢を語る。誰かに語ることのない想いを綴り、詩を詠む。
詩はそんな想いに応える。そして最後の号令を待った。
「我は詩詠みの騎士クロノ。我が名をもって理よ捻じ曲がれ――ヴァンを助けろ!」
告げられる命令。それに呼応するかのように黄金文字は応える。
ヴァンの身体にまとわりつく黒いモヤを払い、さらに傷を癒していく。気がつけば軽いヤケドどころか凍傷に切り傷などがすっかり身体から消えていた。
「う……クロノ、か?」
ゆっくりヴァンの目が開かれる。クロノはその姿に安心し、思わずヴァンに抱きついた。
思いもしないことに戸惑った彼だが、すぐに状況を把握し「ありがとう」と言い放つ。クロノはその言葉を聞き、顔をグシャグシャにさせた。
「泣くな。お前のおかげで助かった」
「だけどぉ……」
「泣くのは後にしてくれ。また疲れる」
ヴァンはクロノを放し、立ち上がる。クロノはというと涙を拭い、彼と一緒に彼方にある王都へ顔を向けた。
「さて、これからどうする?」
「決まってるよ。フィリスを助けにいく」
「だが、どうやっていく? 副団長がいないんだぞ?」
ヴァンの言葉は最もだ。しかしそれは百も承知である。
だからクロノはあるものを見た。
「少し時間はかかるけど、彼らの力を借りるよ」
それはドラゴン。しかし一体は凍りついていて動けない状態だ。しかし、その問題はすでに問題ではなくなっている。
クロノは羽ペンを出す。そしてヴァンに施した魔術を発動させ、ドラゴンにも施した。
「ゴォオォオオォォォオオオォォォォォッッッ!!!」
直後、もう一体のドラゴンが元気な咆哮を放った。クロノはその姿に「よし」と拳を握る。
ヴァンはというと、なぜか頭を抱えていた。
「まさかと思うが、こいつらに乗っていくのか?」
「そうだよ? というかそれしかないじゃん」
「文句は後にする。わかった、お前に従おう」
ドラゴン達はクロノとヴァンをそれぞれの背中に乗せる。二人はその背中に跨がるとドラゴン達は羽ばたいた。
これから始まるのは姫の救出。おとぎ話に出てくる騎士と同じ大偉業を二人は果たすために、空を翔る。
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