6 併発
その数日後にへっぽこは一般病棟に移動出来た。
一般病棟はカーテンで仕切られて、六つのベッドが並んでた。
が、かなり狭い。
HCUに居た時は先生がベッド周りで治療してくれたのだが、この狭さではかなり厳しい気がする。
でも一般病棟に行きたいと希望を出して、それが叶ったのだ。文句など言えない。ま、何とかなるだろ。
案内してくれた看護師さんに、お隣のベットへの挨拶はした方がいいのか、そっと尋ねたら、いい、と首を横に振られた。前に入院した時は両隣には軽く挨拶したのだが、病院によって違うものなのか、個人によるのか。とにかく割り当てられたカーテンの中へと入る。狭いながらも個人用の棚がある。棚の中央に据付のテレビ。その少し下の取手を引き出すと板が出て来て机になった。これは便利だ。テレビは見ないから横に押しやってスペースを確保する。
心電図のモニターが外れたことにホッとする。点滴はまだくっついてるけど、これは炎症を起こしてるから仕方ない。炎症よ、早く収まれと祈りながらフトマニ図を描いたエプロンを引っ被ってまた横になる。
と思ったら食事の時間になった。お盆に乗せられた食事が机の上に置かれる。飲み物については聞かれない。どうやら自分で取りに行けということらしい。
やっとベッドの上での食事から抜け出られた。布団の上で物を食すのは体勢的に腰が痛くなって辛かった。その日は汁物のないメニューだったからなんだかモソモソしたが、食べ終えて病室の外へと探検に行く。お手洗いくらいまで行って戻ろうと思ったのだが、方向音痴の上に部屋番号を覚えずに飛び出したので迷子になった。運良く看護師さんに見つけて貰い、ベットに倒れこむ。と、出入口に一番近い所の患者さんが叫んだ。
「痛い、痛い、いたーい」
HCUの痛いおじいちゃんから離れたと思ったらここにもいた。というか、患者さんは大抵どこかしら痛いものなのかもしれない。あまり痛がらないへっぽこの方がおかしいのだろうか。いや、きっと痛みに強いのだ、我慢強いのだ。フフフ
後々に単にへっぽこが鈍感だったのと、また運が良かっただけだったと知るのだが、その時はそんなの知らず、私は痛くないわー、すごいでしょ。と涼しい顔をしているイヤな患者だった。
騒ぎを聞きつけたかナースコールが押されたか、看護師さんがやって来て件の患者さんに痛み止めを飲ませようとするが、
「痛いの嫌!薬飲まない!この薬違う!」
と喚いて、どうも暴れてるようだ。看護師さん達が宥めていたが、収まらなそうなで先生を呼びに走って行くのが聞こえる。一般病棟は一般病棟でまた大変だ。
へっぽこが入ったこの病棟は皮膚科や形成外科ではなく、消化器内科だったらしい。食べられない人、吐き戻してしまう人、排泄が不自由だったりしてオマルを使う人、諸々。だから就寝時、また食事時でもそれらの音や声、気配が飛び交う。あまり嬉しいものではないが、そんなに繊細なタチでなかったことに感謝してそれらをやり過ごし、リハビリにと歩き回って時を過ごす。そのおかげか、その後の採血では失敗されることがなかった。本を読みつつ、シャワーと治療と食事とを繰り返して日々を過ごす。
なんて書くとゆったりのんびり療養してそうだが、そんなことはない。早く退院せねばならないと焦っていた。
というのも、HCUで車椅子に乗せられる日々を送っている間に、両足がひどくどくむくんで靴が履きにくくなり、また靴下も履けない為に足が悪臭を放つようになってしまったのだ。患部を石鹸で洗って清潔にする時にシャワーで一緒に洗えるものの、その後すぐに治療が始まる為、看護師さんが側で待機してるから洗うのにあんまり時間がかけられない。それに入院以来、水分を十分に摂れていなかった為か火傷の修復に水分を取られているのか、まぁ両方だろうが、お恥ずかしい話、◯秘にもなってしまったのだ。でも看護師さんは入院患者の排泄の頻度を管理している。下手すると薬を出されてしまう。それは避けたいと頑張った結果、立ち上がって気付けば真っ赤。鮮血を見てビビってしまった。急いでググってみて、これはアレだ、ちょっと切れちゃっただけだと自分に言い聞かせ、今度は水分を摂りまくり、「柔らかくなれー」と無駄にお腹をマッサージしたりするものの、そうすぐに状態が改善するものでもない。でも薬が出されたりして退院が延びるのはいただけない。やけどだけで手一杯なのに、まさかそんな併発が起きるとは(涙)
むくみも出血も、状態が酷くなって薬が出される前に退院せねば。家に帰ればきっとお腹も柔らかくなり、むくみも◯秘も治る筈。とにかく一刻も早く炎症を収めねばならないが、それは神頼みしかなかった。
怪しい除霊師よろしく手を合わせて一心に炎症の収束を祈る。よりパワーを上げてくれそうな両手両足の平をピタンと合掌させた合掌合蹟ポーズでベッドの上に胡座をかき、目を閉じて口の中でモゴモゴと祓詞とか般若心経とか唱えまくる。フトマニ図を描いた赤のエプロンをお腹に当てて。
炎症よ治まれ、出血よ止まれ、むくみよ引け、体重よ増えろ。あとはあとは、家内安全、商売繁盛、開運招福、合格祈願。エトセトラ、エトセトラ。
やっぱり強欲である。おみくじの言葉はまさにへっぽこを言い当てていた。だからバチが当たる。
あと一回般若心経を唱えたら休憩しよう。そう思った時、
シャッ!
「お茶いりますか?」
ピンクのカーテンが開き、ヤカンを手にしたおばさまが立ってた。
チーン。
見つめ合うへっぽことおばさま。
通常、看護師さんは夜中の巡回の時以外は声をかけてからカーテンを開けてくれるのだが。声をかけてくれたなら、サッと体勢を整えられたのだが。だが、でも、しかし。
フルフルフル。
へっぽこは黙ったまま首を横に振るしかなかった。ヤカンを手にしたおばさまは硬直したままへっぽこを2秒程見つめた後、黙ったままシャッとカーテンを閉じて去って行った。
あ、待って。欲しいよ、下さいな、お茶。だが、まだ硬直中。それにコレを見られた今、呼び戻す勇気はさすがにない。
閉じられたピンクのカーテンを見つめて暫し黙する。
何でさ?飲み物は自分で取りに行けってことじゃなかったの?
こういう時にうまく取り繕える頭の回転の速さと滑らかな話術が欲しい。大阪にはそういうのが上手な人が多い。大阪に住んで結構経つけど、ボケとかツッコミを、息するように繰り出せるようになるには、やはりそれなりのインプットとアウトプットが必要なのだろう。テレビのお笑いも見ず、引きこもってるへっぽこにはハードルが高かった。
その後、そのおばさま(多分パートの給仕の人)は名前を呼んでからカーテンを開けてくれるようになった。でも他の患者さんに声をかけるのと比べると、へっぽこの時は開けるまでに少しタイムラグがある気がする。相当に怪しかったんだろうなぁ。ごめんね。
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