7 ウルトラマンへっぽことクスリ

でも、そんな怪しい祈りの甲斐あってか、炎症はその後すぐに収まって抗生剤の点滴が終了した。飲み薬も不要とのことで、あとは火傷の傷のばい菌が落ち着けば良いだけとなった。



が、火傷のばい菌は結構厄介だ。普段はバリアしてくれてる皮膚がペロリと無くなってしまってるので、そこらの空気から菌が入り放題。それで炎症が起きたのだろう。抗生剤で一応は落ち着いたけど、再生途中の皮膚はまだ幼くて雑菌に弱い。本当にひどい生死をさまようような火傷だったら、ずっと無菌室とかで治療されたのかもしれないけど、へっぽこのはそこまでではなかったので、先生方は青いビニールの保護服?は重ね着しつつも、簡易な診察室での治療だった。


火傷は基本的には本人の細胞の自己修復機能で治っていくようだ。病院に担ぎ込まれて最初はワセリンの仲間のアズノールという軟膏で皮膚を密封保護して包帯ぐるぐる巻きにされていた。それから毎日状態を確認していって、水ぶくれになった所は中の液を注射器で吸い出し、空になってただれた皮膚はハサミで切り落とすという治療を受けていた。そう書くと痛そうだが、その時のその治療自体は全くと言っていいほど痛くなかった。今思うと、その近辺の細胞たちは壊死してしまっていて、触覚というか痛みを感じる神経細胞がちょうど働いてなかったのではないか。鈍感な上に多分ラッキーだったから痛くなかったのだ。痛覚細胞だか神経だかが少しでも働いていたら、悲鳴をあげて痛み止めを懇願していたかも知れない。


看護師さんからは何度も「痛いですよね、本当に大丈夫ですか?」と聞かれていた。それで、シャワーする時に鏡に映った姿を見たら、確かにそう尋ねたくなる酷さだった。赤の肌と白の肌が綺麗な模様を描いている。喉元に三角に入ったライン。ん?なんかこれ見覚えがあるぞ。何だっけ?そう、あれだ。


「うわー。ウルトラマンみたい」と、つい笑って言ってしまった。首から斜めに綺麗に入ったラインが、ティガ、ダイナ、ガイアみたい。へっぽこはティガが好きだったので、すぐさま頭の中を歌が駆け巡る。


テイクミーテイクミーハイアー。ティガ、勇気だきしめて強く(適当)


ティガはへっぽこ的にシリーズ最高傑作と思っている。再放送を息子とも観て映画も行った。ウルトラ兄弟の中で一番ロマンがある気がする。

なんて回想しつつ、自分の火傷の模様に暫し見入ってたのだが、ふと気配を感じてハッと気付く。看護師さんが神妙な顔をして待っていた。

「あ、ごめんなさい。お見苦しいもを見せてしまって」オホホと取り繕ったのだが、看護師さんは優しく微笑んで言ってくれた。

「いえいえ、大丈夫ですよ。それよりお強いですね。傷口を見て卒倒しちゃう患者さんとか泣いちゃう人も結構いるのに」


「はぁ、そうなんですか」


そんなもんか、とぼんやり答えるへっぽこ。



模様に見とれてたへっぽこは多分に変人なのだろうが、看護師さんからは、ショックを受けたけど懸命に笑いに転換しようとしてる健気な患者に見えたのかもしれない。だから看護師さんたちは総じてとても優しくてフレンドリーだった。ラッキー。


しかし、今思い返してみると確かにその時のへっぽこの火傷痕はかなりのレベルだったよなぁ、と思う。若い美人女性なら発狂レベルだったろう。

でも、それ程痛くなかったからか、あまりにすごかったから諦めがついたのか、その時のへっぽこはどこか他人事のように感じていた。ま、いつか治るだろう、みたいな適当ぶり。だって、顔も頰から顎にかけて右側が薄っすら茶色になってたのだけど、アズノールという軟膏を塗りまくっていたら、十日程で皮が剥けて元の肌色に綺麗に戻ったのだ。それは面白いくらいにポロポロと皮が剥けた。だから他の場所もそうなるだろうと勝手に思っていた。だが顔の皮膚は皮膚の入れ替わり、所謂ターンオーバーが多分身体の中で 一番くらいに早い。そこに皮膚の再生促進薬を塗りこんでいたのだ。また、火傷直後のシャワーを一番最初に、そして大量に浴びせたのも顔。ということで、顔はすぐ元通りに。でも、命題的に言えば、その逆もまた真。シャワーをかけそびれ、またターンオーバーの遅い部分はなかなか治らないのだが。でも顔の修復を感じられたことで、全般的にポジティブでいられたのが結果的に良かったのだろうと思う。


さて、火傷の傷口のばい菌についてだが、火傷の傷も転んだ時とかの小さな傷とほぼ同じで、ばい菌にやられた組織は黄白色の膿みを出す。だから、その細胞というか、やられちゃった皮膚をゲーベンという薬剤で溶かしてガーゼでこすり取るのが、後半の治療のメインとなった。フィブラストというスプレーをかけたりもする。このこすり取る治療は、さすがのへっぽこも痛いと思った。先生方も痛い治療というのはわかってて「痛いですが、いきますよ」と声をかけてくれる。痛いとわかってるならラマーズ法の出番。フーと息を吐きまくるへっぽこは変な顔をしてたろうが、先生方は「はい、もう一回」と淡々と手を動かしていく。


「次回は痛み止めを飲んだ方がいいのでは?」と声はかけられたが、平気ですと手を振り断るへっぽこ。偏屈な患者と思ったろう。または、そっちのケのある人と思ってたかもしれない。でも長時間続く激痛なら別だけど、せいぜい数分我慢すれば良いくらいの治療に痛み止めを飲むのは嫌なのだ。


痛み止めは強制的に血管を収縮させて患部の腫れを引かせ、脳の神経を麻痺させるだけと書いてある本を読んでいた。痛み止めとは単に痛みを感じなくさせるだけのもの。怪我や病気を治してくれるわけではないのだ。それに、身体は痛みを発生することで、その人に気付きを与えているという説も聞いていた。痛みや不調を感知した脳は身体中の細胞に、それ、緊急事態だ、早く治せ、頑張れ、頑張れ、と指令を出して応援隊を送る。だからその機能を麻痺させない為にも痛み止めや解熱剤、下痢止めは飲まない方がいいのだ、と。


でも後から、先生が痛み止めを勧めるのは痛みを我慢して体力気力を使ってしまうよりも、薬の力を借りて痛みを我慢する分の気力体力を治癒に当てましょうという意味もあったというように聞いた。そう言われると納得出来なくもないが、過去に痛み止めと胃薬には少々因縁があり、それ以来薬も医学も嫌いのアンチになったへっぽこは、薬は必然性があるもの以外はノーサンキュー。ただ、断ると角が立ちそうな場合には受け取るだけ受け取って、隠して溜めておく。未開封未使用の薬なら、それを必要としている国や地域へ送ってくれるという団体があるらしいから、そこに送ればいい。

前に入院してた病院では、各人に専用の薬ケースがあって、ちゃんと飲んだ証拠となるように空のゴミもそこに入れておかなければなかったが、今度の病院はそんな薬ケースはなかった。でもへっぽこのように飲まない人がいるからか、また開けられない人がいるからか、パチンと開けて粒を渡してくれようとする看護師さんも多かった。特にHCUの時はそうだったが、あっちは準救急なので仕方ない。一般病棟はそれより緩くて、「自分で飲めるので」と言ったら普通に手渡ししてくれて特にチェックもなかった。考えてみれば、一般病棟にいる人は退院間近の人が多く、退院したら自分で、または高齢の人などは家族や施設などが薬を管理するのだから当然と言えば当然か。


でも確かに痛みで体力気力、そして元気がなくなってしまったら、脳も細胞も働きようがなくて治りが遅くなるのかもしれない。だから薬とは程々にうまく付き合うのが正しいと思う。意地を張りながらも何とか痛み止めを飲まずに乗り切れたのはラッキーだったのだろう。

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