4 血管応援隊
その夜は熱は上がらなかった。おまけに久々にちゃんと眠れた。魔の午前2時も気付いたら過ぎてた。と言っても5時前に目覚めたけど。こちらが起きた気配を察したのか看護師さんがやってくる。恒例の朝の検温と血圧。それから、今日は採血も。
が、へっぽこの右腕は火傷の手当ての為にミイラと化している。そして左腕には点滴の針。点滴してる腕からは採血出来ないらしい。
ということは
「足から採血しますね」
足?
「ちょっとチクッとしますよ」
はい、と返事したへっぽこだが、それはちょっとじゃなかった。結構痛い。だって足の甲から採るのだ。
おまけになんかチーンと黙ってる。
「………」
失敗したっぽい。
「もう一回いきますね」
オイオイオイ、サラッと言うな。
結局、三回刺されたがうまくいかず、別の看護師さんが来た。もしや新人さんだった?でも次に来た人もなんか苦労してる。足の血管からの採血ってそんなに難しいのか。へっぽこの場合、腕がミイラになってるから仕方ないが。HCUの病室は点滴必須で重傷さんが多いせいか、足からの採血率は高いようだった。
その日の夕方、熱が上がり始めた。38度。抗生剤の影響か。氷枕を貰って寝る。熱のせいでボンヤリしてたおかげか、その日も熟睡出来た。だがスッキリ目覚めたところにやってくる検温と採血。熱は37.5に下がっててホッとするが、問題は採血。
「へのさん、ごめんなさいね〜、今日はちょっと多目なんですよ」
看護師さんは血を入れる容器を三本手に、申し訳なさそうに言った。
「足から、ですよね?」
右腕のミイラを見て頷く看護師さんに、一つ深呼吸して
「分かりました。思い切りよくやっちゃってください」
そう言った。看護師さんはコクコクと頷いて、その日は脛にブスッと刺した。しかし血管には入ったものの、血が上手く収集出来ないようだ。でも刺し直されるのはご免だ。へっぽこは、ガバリと上半身を起こすと自分の右足の膝上をさすりながら言った。
「血よ、出ろー」
看護師さんは驚いた顔をしたが、へっぽこは気にせず膝を叩いて続けた。
「血管、頑張れ!ほれ、頑張らんかい!」
でないと針の刺し直しだぞ、痛いぞ。
自分で自分を脅してどうする、とは思いつつも、こちらも必死だった。
その時看護師さんが驚いた声を上げた。
「あ、すごーい、応援し始めた途端に勢いよく血が出てきましたよ!」
それから、頑張れ、頑張れ!と応援してくれる。へっぽこも懸命に手を伸ばして針の刺さってる方の腿をゴシゴシさすって応援した。
「出ろ出ろ、出ろー!」
「あと一本です!頑張れー」
「よし、偉いぞ。頑張れ、頑張れ。もう少しだ!」
運動会のパパの気分。
血管を応援しまくる患者と看護師さん。他のベッドの人たちが何を思ったかは知らん。とにかくそうして無事に三本の容器を血で満たすことができた看護師さんは笑顔で去って行った。
応援したら血が出て来るなんて魔法のようだが、冷静に考えたら当たり前だ。血は血管の中を巡ってる。起き上がって必死に刺激したのだ。興奮してるから心臓だって跳ね上がっただろうし、そりゃ血も血管内を慌てて駆け巡って、出口があれば、そこからブシュッと出て当然。出ない方が不自然なのだ。
それで思い出す。前の入院の時には、採血前にしっかりお水を飲んで、またスクワットかお手洗いまでの散歩?をしていたので採血に苦労しなかったことを。やはり人は動物。動かにゃいけんのだ。血の巡りが止まるとはどういうことか、考えるだに恐ろしい。
が、現状のへっぽこは点滴とモニター付きで、お手洗いすら車椅子で連れて行かれる状態にあった。殆ど身動き出来ない日々。動かない→動けない→寝たきり→血管が弱る→採血で血が取れずに何回も針を刺される。
これ、早く何とかせにゃヤバイ!退院はまだ無理にしても、せめて規制の緩い一般病棟へ出ないと!
ふと、点滴を外して脱走しようとしていた女性の患者さんを思う。彼女は昨日一般病棟に移って行った。よし、私も!
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