3.面倒で不審な患者
それからまた数日。面会の時間に家族が持ってきてくれた中村天風先生の本を読み、不食で有名な森美智代先生の本を参考に入院一週間前くらいに自作していた龍体文字のフトマニ図(身体の不調を治したり運を良くしたりしてくれるらしい)をマジックペンで書き込んだ赤いエプロンを患部に当ててひたすら「火傷よ、治れ」と手を合わせて祈りつつ寝そべるへっぽこ。相当に不審な患者だったろう。でも看護師さん達は優しかった。有難い。
通常、入院患者さんには胃薬が出るらしい。ストレスがかかるから胃を傷める人が多い為らしいが、その胃薬もへっぽこは遠慮申し上げた。胃を悪くした経験がほとんどないし、要らないと思ったのだ。でも看護師さんが困った顔をするのが申し訳なくて「私、先生に直にお話ししますんで!」と押し切って翌日主治医の先生に話した。主治になってくれたのは若い女性の先生だった。先生はうんうん、と聞いてくれたのでホッとする。病院で黙っていると、必要無さそうな薬も遠慮なく出て来るのは知ってたが、要らなそうなものは断ってもいいのだ。先生は別に不機嫌な顔もしなかった。
「わかりました。でも熱傷は肌のバリアが無くなるので感染が起こりやすいんです。炎症などが起きてしまったら、どうしてもお薬は必要になります」
それは仕方ない。へっぽこは素直に頷いた。
感染やだー!来るなーと祈りながら。
その数日後。
朝の採血の結果、恐れていた炎症が起きてしまったようだった。主治医の先生がわざわざベッドまで来て、抗生剤が必要だから点滴で入れましょうと言われた。それまで点滴の管からは、栄養剤みたいなのが入れられてたようだが、それが昼から抗生剤に変わるとのこと。
抗生剤を点滴で入れると下痢が起こりやすいらしく、今度は整腸剤が出てくる。
「でも私、どちらかと言うと出なくて困る方なので整腸剤は要らないんですけど」
どこまでも面倒臭い患者だ。先生、看護師さん、ごめんなさい。
「これは別に何も害のない、広く市販もされてる軽いお腹の薬だから大丈夫ですよ」
「はぁ」
とりあえず受け取る。その夕には一粒飲んでみる。よくわからん。
「抗生剤の点滴を始めると高熱が出ることもありますので、苦しくなった時にはすぐにナースコールしてくださいね」
そう言って、看護師さんはナースコールのコードを引っ張って、へっぽこのすぐ手の届く所に置いてくれる。
えー、高熱?
さすがにビビったへっぽこは大人しく横になり、また赤いエプロンを引っ被って合掌合蹠ポーズ(両手両足の平を合わせる)で般若心経を唱え始める。緊張した時には息を吐くのが一番心を落ち着けてくれるのだ。
「マカハンニャハラミタジーショウケンゴウンカイクウドーイッサイクーヤクシャリシ」
いつの間にか全部ソラで言えるようになってた。不安な時の意識逸らしにはもってこい。だが途中、似てる所でルートを間違えそうになるのだ。ハンニャーハラミタコー。の続き。
あれ、次はシンムーだっけ?トクアノだっけ?
と迷ったり間違えたらもう一回やり直し。心が乱れてるとやっぱり途切れる。なんとか無事に
「諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経」までいくとホッとする。
ちなみに、この最後の
「諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
(ぎゃていぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか)
だけでも良いらしいんだけど、それだと短すぎてつまらないからへっぽこは全部唱える。
あ、でもちゃんと声には出さずに心の中だけで唱えましたよ。
だって、準救急病室からお経唱える声が聴こえたら、そりゃホラーだからさ。
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