2.お恐るべしおみくじ




ここは病院、おねーさん達がサービスしてくれるようなお店ではない。



そう思いながら、へっぽこはベッドの中でじっとしていた。


案の定、看護士さん達は無反応で他の患者さんの用を進め、片付けとか点滴の付け替えとかせっせと動き回る。


お爺さんはそれでも何度か「おねーさん」を呼んでいたが、やがて


「看護師さん、あー、背中がウンヌン…」


と言い換えた。それから少しして、近くを通りかけた看護士さんが一人、反応してお爺さんの身体の向きを変えてあげていた。


看護士さんは大変だ。本当、頭が下がる。交替勤務で肉体労働。命がかかった仕事だから責任は重くて常にストレスフル。患者さんは大抵余裕がないから我儘だし、多くが年配者だし。でも看護士さんだって人間だから、おねーさんと呼ばれたらムカっとするだろう。でも患者にそれをぶつけるワケにはいかない。よくあるOL漫画で、ムカつく上司のお茶に◯×を入れる、みたいなのはさすがに患者さんには出来ないし、無視程度は当然アリだと思う。



結局、その夜はそのお爺さんが痛い痛いと言い続け、部屋の中のあらゆる所からモニターのアラートが鳴り続け、またへっぽこのクリップもいつの間にか外れたようで、その度に看護士さんがにっこりと優しい笑顔ながら


「へのさーん、パッチ留め直しますねー」と布団を剥がしてゴソゴソ。


とてもじゃないが眠れなかった。


だが、一瞬意識が途切れたと思った時に何かが動き出す気配で目が覚める。魔のモニターを見上げれば、心拍数と血液内酸素濃度と1分当たりの呼吸数の大きな数字の右上に小さく時計らしき数字の表示。0210




そう、深夜2時。看護師さん達の気配が大きく動き出してへっぽこは目覚めたのだった。


どうやら深夜2時に仮眠していた看護師さんとの交替があったっぽい。仮眠から上がってきた看護師さんは元気な足音を立てて歩いてきて、へっぽこのベッドからは少し離れた辺りに集まって何やら始める。


でもそれは患者さんの世話とかではなく、明らかに何かの作業をしてるのだった。扉を開けてガサガサとビニール音がしてハサミを使う音とか何かの器を動かす音。


最初は忙しいんだろうな、大変だなぁと思ってじっと目を瞑ってたへっぽこ。


でも、その内に看護師さん達はお喋りを始めたのだ。キャッキャ、ウフフと可愛い声で。



「○○って(市内の地名〕住むにはどうですか?」


「んー、あそこは割と治安はいいと思うよ。幾らくらい予定してるん?」


「えー、二人で割るから△万くらいかなって」


「えー、そのくらい出すなら◇駅の方がええんちゃう?⭐︎スーパーとか品揃え充実してるし、そのまま結婚することになっても病院に通いやすくて長く住めそうやん」


ほほー、結婚前の同棲か。それも相手は同じ職場の男性看護師っぽい。



若いね、いいね。頑張れー。


とは思うが、




その間、同時に続くガサゴソ、ジョキザク音。



翌朝からの看護の下準備をしてるのだろうとの予想はついたが、なんでHCUの患者が寝てる病室内でやるんじゃい。そりゃ、見守りついでに準備出来て片付けまで終わるから楽でいいんだろうけどさー、深夜2時よ?


その作業はどのくらい続いただろうか。途中、いたーいお爺さんの声と、アラートのピーコンピーコン音がないまぜになって、なんか不思議な世界に飛んでいた気がした。


さて、その病室の起床・点灯時間は朝の6時。


にっこり優しい笑顔の看護師さんが検温と血圧測定・採血にやってくる。


「へのさーん、眠れました?」


察してくれ、と曖昧に笑って誤魔化すへっぽこ。看護師さんは気の毒そうに優しく微笑むと


「なかなか眠れませんよね。モニターの音がピコピコうるさいですしね」


小心者のへっぽこは看護師さんに嫌われるのは損だと、これまた曖昧に頷いて従順な患者を演じたのだった


だって文句言ったってしょんないし。全ては早く退院する為!



二日目からは救急の先生が病室に来て治療してくれる。


「痛みは?」


と聞かれるが、


「そんなに痛くありません」


と答えるへっぽこ。実際そんなに痛くない。治療も昨日の担ぎ込まれた時とほぼ同じで、薬をたっぷり塗った白いガーゼみたいなのを患部に当てて包帯みたいなのでグルグル巻かれてその上に何か着せられて装甲完了だから苦痛はない。


午前の早い内にそれが終わり、またパッチをあちこち付けられてベッドて寝るだけのへっぽこ。つまらん。


緊急入院で、何も持って来てないのだ。あ、携帯だけはダンさんがHCUに移る時に渡してくれた。でも準救急の病室だしあんまり使わない方がいいのかなと遠慮してた。でも落ち着いて病室内の様子を窺うと皆平気で使ってる。つか、会話してる人もいる。

まぁ、会話は禁止らしいけど携帯を使うのは大丈夫そうなので、遠慮なくポチポチ始めるが、何せ装甲が分厚い。痛みはそんなにないけど動く気にもなれん。それに物凄く疲れてる。


ダンさんと息子くんにだけLINEして果てる。あ、あと思い立ってカクヨムの近況ノートを更新した。


そしてまた思う。


そろそろちゃんと更新しようと思って動き出した途端にナゼこうなる?


調子に乗るなということか。


やはり恐るべしおみくじ。


と暗澹たる気分で携帯を枕の隣に置き、パタリと倒れる。


と思ったら昼ご飯が来た。おぉ、昼はご飯にハンバーグにゼリーがついてる。ハンバーグなんて久しぶりだよ。何年振りかしらん?


目の前に出された食べ物は基本的に残さずちゃんといただく主義のへっぽこ。ミックスベジのコーン一粒もしっかり掬い取ってからゼリーを見る。


砂糖をずっと絶っているへっぽこ。ゼリー、プリン、ケーキ、その他諸々全て。


さて、これはどうしよう?


でもこのゼリーは未開封。ということはゴミにされない可能性が高い。


じゃあ。


へっぽこは両手を合わせてご馳走様をした。


無事に誰かのお腹に入ってね、ゼリーさん。


それからまた寝る。だってやることないもの。


それにしても準救急病室は入れ替わりが激しい。一人、一般病棟に行ったかと思うとすぐに別の重傷患者さんがやって来る。でも、どうも長そうな人もいた。何でだろうと思ったが、やがてなんとなく理解する。準救急病室(HCU)の患者さんは点滴と心電図が必須で外してはいけない。ちょっと動いたりしてモニタリング出来なくなるとアラートが鳴り響くのだ。

で、多少動けるらしいある年輩の女性の患者さんは、そのパッチを外した上に点滴の針まで抜いて脱出?ししようとしていたようだった。


で、あまりにも頻回にそれを繰り返した結果、手指が自由に使えなくなるグローブと身体を動かせなくなるベルトを装着された。へっぽこの視界からは見えないベッドだったので、どんな状態だったのかはわからないけど、女性が「これ外してー。痛いー。動けないー」と哀れっぽく叫んでるのを聞いて、


この病院、大丈夫だろうか?と不安がよぎったのは否めない。






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