第45話 白い食べ物禁止令
ややして振り返ったM先生は
「本を読んで来て下さったんですよね。では、うちのクリニックの治療方針はご理解いただけてるものとして話をしたいと思います」
そう言ってへっぽこを見た。
「はい。手術と放射線治療、何回かの抗がん剤服用はしたのですが、もう抗がん剤は飲みたくなくて。先生の本を読んで、他の治療法はないかと相談に来ました」
すると先生はうーん、と指を口の前で組んだ。
「本にも書いた通り、私は別に西洋医学を否定するわけではありません。その人にとって一番合うものが見つかればいいと思ってます。薬が合うなら使えばいいんです。例えば、後進国では薬は欲しくても手に入らない。ある意味、先進国に住んでる恩恵とも言える強力なツールです。だから患者さんの中には、うまく使って効果を上げてる人もいる。プラシーボ効果も含めてね」
それから一呼吸置いて、またPCを見る。
「ステージ4で手術したんですね。で、ほぼ切り取って、また放射線治療も受けたと」
おもむろにそう言った。
——ん?ステージ4?
その言葉は初耳だったへっぽこは、「はぁ」と、さも知ってたかのように相槌を打ちながら、内心冷や汗ダラダラでPCの画面を覗きこもうとする。
えーと、ステージ4って末期だっけ?それヤバイんじゃなかったっけ?ああ、それで意識無くすよと言われたのか。
それから思う。病名の告知を希望しなくて良かった、と。病院に居る時、手術の前とかにそんなの聞いてたら、弱虫へっぽこには耐えられなかっただろう。
「あ、いや、4に近い3だったんだそうですが」
ダンさんが慌てて身を乗り出してフォローしてくれる。
4に近い3って、3.8?3.9?
つーか、そんな数値、誰が決めるのさ。そんな曖昧でいいの?
何も知らん癖に、鼻息荒くしたへっぽこを抑えるようにダンさんが口を開く。
「患部は手術で切除して放射線治療も行いましたが、今後どうするかの相談をしたくて伺ったんです」
そっか、ダンさんと息子はへっぽこの代わりに先生の話を聞いてくれていた。全て知っていて黙っていてくれたのか。
申し訳ないなぁ、と改めて思った。ダンさんは鬱のお薬を飲み続けてる。その飲み始めはへっぽこが病気で倒れる前からだけど、倒れて以降は、完全にへっぽこ要因でお薬が手放せなくなっていることだろう。過去、下手ながらへっぽこなりに頑張っていた家事も今は全てダンさんが抱えることになってしまっていた。そして今はセカンドオピニオンに連れて来てくれている。
それまで、自分はある程度何でも出来ると思ってた。そりゃ、不器用でへっぽこだけど、それなりには家族の助けになっている筈だと。
でも、ぽんこつになってわかった。そうさせてくれてたんだ。本当はダンさんも息子もへっぽこよりずっとしっかりしてて大人だった。でも家族だから色々譲ってくれてたんだなぁ。
——はぁ。
へっぽこは黙った。いつでも前に前に出ようとしてた自分を深く反省した。
年だけ取ったけど、まったくもってダメダメなお子さまだったんだ。それを病気が気付かせてくれた。
へっぽこはチーンと静まった。
それを感じてか、先生はダンさんに向かって口を開いた。
「うちのクリニックでは様々な療法を行なっています。オゾン療法にホルミシス、ビタミンC点滴に漢方、気功、食事療法」
そう言って、クリニックのパンフや各療法の説明資料などを見せてくれる。それらには各金額も記載してあった。でも、やっぱりどれもそれなりの金額がする。
「今日は食事療法のお話をお願いします」
ダンさんがそう言ってくれてホッとする。へっぽこ一人で来てたら、ついお高い療法に目が眩んでいたことだろう。勿論それぞれに効果はあるんだろうけど、そんな余裕は今の我が家にはない。
「分かりました」と言って、先生はおもむろに
「白い物は全てやめて下さい」と言った。
「白い物?」
「まず白砂糖、人工甘味料、牛乳を含めた乳製品全般、それから小麦粉。だから、うどんやパンもダメです。それから食塩も。塩は岩塩がいいですね。ミネラルが豊富で」
「が、岩塩?」
岩塩って野生の動物が山で舐めてるイメージ。あとはヒーリングショップとかでピンク岩塩の癒しグッズが置いてあったのを見たことがあるという程度。
——でも、それって高いんじゃないの?
目を丸くしたへっぽこの隣では、ダンさんは真剣な顔をしてガリガリと自分のノートに先生の言葉をどんどん書き込んでいってる。
真面目だ。そう、ダンさんは真面目なのだ。真面目過ぎて苦労する人なのだ。
しかし、白米も砂糖も乳製品も小麦粉もダメってことはケーキなんてもっての他だろう。
別にへっぽこは元々そんなに甘党ではない。でも全く食べられないとなると、それはちと辛い。
白って正義のミカタの色のイメージだったけど、食品に関してはそうじゃないらしいということがわかった。源氏好きなへっぽこ的には悲しいけど(笑)
そして、それからへっぽこは白い物抜きの生活が始まることになる。それも終わりなき白無し生活。つまり、今もそれは続いているのだ。もしへっぽこが甘党だったらどうなっていただろう?もしそうだったら、落語のような面白いネタが書けたかも知れないと思ったりする。でもダンさんは真面目で、そしてへっぽこもまたそれなりに真面目だったので、笑い要素は無くなってしまった。残念。
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