第46話 魔法の手

とりあえず、食事を大幅に改善するという、なんつーか、言っちゃ悪いけど、地味ーな療法の説明とか、その他生活上の注意点などの細かな話を聞いて、その後、高濃度ビタミンC療法のお部屋とかホルミシスのお部屋とか見せて貰った。無料体験を紹介されて、やってみたい気持ちはいっぱいだったけど、ダンさんは腰が重い。私の財布はもうない。また連れて来てくれとは頼みづらい。ということで、それらの特別メニューは諦めた。


あーあ、なんか期待とはちょっと違ったかなぁ、などと失礼なことを考えながら、終わったっぽい雰囲気に渋々と待合室へ戻る。


ただ、ダンさんがお会計してくれてる間にフラフラとよろめきながらも、待合室の中の貼り紙やら本棚の書籍のタイトルを目を皿のようにして見ていき、ただで貰えそうなチラシはちゃっかりいただいてきた。


壁いっぱいの大きな本棚にはエドガーケイシーとか安保徹先生とかその他沢山の健康系の本や雑誌が大量に並んでいて、また横の壁には健康系のイベントのチラシとか映画のポスターがまたいっぱい。不食やら気功やら前世やら、何とも怪しげな文字が目についたが、気にせず凝視。元々占いもパワーストーンも好きだし、こうなりゃ何でもござれだ。吸収出来るもんはなんでも吸収したったるわ。


が、その内、ダンさんが会計を終えて慌てて戻ってきた。まだまだ雑誌を読んでいたい気分満載だったへっぽこは、危ないからとソファに腰かけるよう促すダンさんに、お手洗い行ってきたら?と促し、にっこり笑って追い出して、よろめきながらもへっぽこ的にはダッシュで本棚へと戻る。


えーと

エドガーケイシー、白鳥哲、断食、不食、光田秀、安保徹、命はそんなに…。

えーと、あとは?


手ぶらだから、紙やスマホにメモも出来ない。頭の中に叩き込まにゃ。


が、すぐにダンさんが帰ってくる。


「あっ、立ってて大丈夫なの?」


咎められ、大丈夫に決まってらーと思いつつ、本棚にしっかり捕まりながら、ソロソロと仕方なくソファへと戻ろうとした時、ふと先生が診察室の中から現れて本棚の一番左端の目立つ所にあった一冊を手に取って差し出した。


え、くれるの?


と目を輝かせたけど


「あ、これはクリニック用ですが」


と言われる。チェッ、残念。


「先程少し話しましたが、この『命はそんなにヤワじゃない』は是非読んでくださいね」



「やわやわやわ」


「え?」


「あ、はい!」


タイトルの一部を頭の記憶に追記して笑顔で頷く。



しょんねー、図書館で探して予約しよう。

食事療法の合間に先生が話してくれた「癌サバイバー」の人が書いた書籍。著者は覚えきれないけど、命ヤワだけ覚えときゃ何とかなるだろう。



「先程話した予祝もやって下さいね」


はい!と良い返事をしながら、えーと、何だっけ?と一時停止する。なんか色々聞いたからなぁ。あとでダンさんのノートを見せて貰おう。


さて、帰るか。帰りの電車がまた憂鬱だわ。バランス悪くて身体はフラフラヨロヨロなんたけど、見た目はほとんど健常者だから、席とか道とか譲って貰えないんだよね。ま、一応は立って歩けてるし、手すりがあれば何とかなるか。


と歩きかけた時、先生がまたこちらにやって来た。


「すみません、ちょっと真っ直ぐ立って膝を伸ばしたまま手を下に、伸ばせるまで伸ばしても貰えますか?」


はぁと返事して、ラジオ体操みたいに腰を曲げて手を下に伸ばす。


……が、


ヨタタッ。左前にクニャリと落ちかける。先生が急いで支えてくれたけど、へっぽこ的には屈辱。自慢じゃないが、前屈は得意だったのだ。


あーあ、やっぱダメかぁ、と溜息をついた時、


「そのまま立ってて下さいね」

と言って、先生がへっぽこの隣に並び、何やらへっぽこの背中で手を振り振りした後にへっぽこの前に立った。


「はい。ではまた手を下に伸ばしてください」


言われた通りに前屈したら、今度はスムーズに手が床につき、よろめかずにまた体勢を真っ直ぐ戻すことが出来た。


「あれー?」


思わず声を上げたら、側にいたダンさんも驚いた顔でこちらを見ていた。


「なんか変わった」


「うん。なんかさっきと違うね」


何がって説明は出来ないのだけど、触れられた感じはまったくなかったのに、何かが変わったとそう感じた。


何だろう?


「先生、今のは?」


と尋ねたけど、先生は、ダンさんに向き直り、


「お住まいは○○でしたね」と確認して、ダンさんが頷くと、


「では、この先生の方がお住まいからは近くて通いやすいか知れません」

と言って、一枚のパンフをダンさんに手渡していた。


え、何?今の。魔法?なんかわからないけど触れてもないのに何かされて身体が柔らかくなった、気がする。


もっと話を聞きたかったのだけど、診察は時間制。そして次の人が既に待合室に入ってきていた。


うーん。紹介してくれた先生の所に行けば、きっとわかるんだろう。


へっぽこは期待を胸にクリニックを出た。

魔法の手。すごいなぁ。いいなぁ。欲しいなぁ。


なんか、幸先いいかも。


そうして、へっぽこは魔法の手を手に入れるべく次のステップへ足を進めるのだった。

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