第41話 病院内人気アトラクション
さて、通院での放射線治療の日、病院に向かう。最初に血液検査をしてから診察を待ち、それから放射線科へ行く予定、なのだが、
「うわー、混んでる」
さすがは総合病院。予約時間は10時だけど、先に血液検査があるから9時に来て下さいと言われ、少し早目に8時半前に病院に到着したのだが、既にギッシリと人がいる。
「はい。こちらが最後尾でーす」
プラカードを手に腕を上げて人々を誘導する受付の女性。予約票の発券機前に長蛇の列が出来てる。ここ、ネズミーランドだったっけ?でも並んでいるのは二人連れと言っても老年夫婦か、病人とその付き添いの人。そして、列が進んで予約票を発券して貰った人たちは、券を受け取った途端に、ある場所へと駆け出して行く。目指すはスプラッシュ山?プーさんの蜂蜜狩り?いや、ここ、病院だよね。走れるなんて、皆、元気じゃん、とツッコミたくなる。よく見れば、皆が駆けて行く先は採血室のようだった。あ、あたしも行かなきゃなのか。走れないへっぽこはのんびり、というよりヨタヨタ向かったら、採血室の前にも長蛇の列。そして一人のふくよかな女性が採血の為の整理券を配っている。
「はい、78番です。番号が呼ばれるまでこの近辺でお待ちください。15番までの方はこの部屋の奥の椅子に腰掛けてお待ちください。それ以降の番号の方はモニターに番号が表示されるまでお近くでお待ちください」
周りを見回せば、同じような券を持った人がウロウロ。採血室の近くには大きなモニターのテレビとソファーがあり、その前に座ってテレビを見ている人も多数。今までほとんどここに来たことがなかったから、こんな人気アトラクションのようになってるとは思いもしなかった。それから暫く待つ。テレビ、特にニュースはあまり見ない主義なので、テレビは見ずに持参した本を読んでたが、それでも随分長いこと待たされる。こりゃ、病人だろうが走るわけだわ。血液検査が終わらないと次の診察に行けないんだから。やっとのことで70番台。でも75番までしか入り口を通して貰えない。それからまた少し待って、やっと中に入ると、そこにもまだ列があった。でも壁に沿ってソファーが置いてあってそこに座って待つ感じだから、ネズミーランドの目的のアトラクションの屋内に入れた感があって何だかドキドキする。血をとられる側なのに。
「次、71番72番の方、ご準備してお待ちください」
看護士さんなのか、事務の人なのかわからないけど、の声に何人かがスマホをしまい、荷物を持ったり上着を脱いだり、ワサワサと動き出す。
ご準備って採血の為の?そう思いつつ、皆が上着を脱いで袖をまくっていくのを見て、へっぽこも上着を脱ぐ。そう言えば、アトラクションに乗る前には、乗り物に素早く乗る為にキャストさんが、荷物はここに、とか眼鏡は云々とか誘導してくれてたなぁと思い出す。へっぽこは採血の為に、腕をまくりやすいような服を着てきてたから余裕なんだけど。そう思いながら、入れ替わり立ち替わり人が入ったり出たりする扉を見ていたら
「はい、では77番の方と78番の方、お入りください」
呼ばれた。
順番なんだからわかってた筈なのに緊張してか足がもつれる。慌てて体勢を整えて前の人に続く。
中に入れば、スーパーのレジ待ちの如くに「はい、こっち。あなたはこっち」と看護士さんが座るテーブルの前の椅子に誘導されていく。名前をフルネームで言わされて腕にパチンとゴムをとめられ、ササッと消毒されて針を刺され、ズズズと血を抜かれて絆創膏を貼られ、暫く強く押さえているように言われて、書類を渡され、とっとと出て行けと追い出され、また次の人が空いた看護士さんの前に座る。完全ベルトコンベア式だ。面白いのは、自分の血が抜かれて容器に溜まっていくのをじっと眺める人と顔を背けて見ないようにしてる人がいること。ちなみにへっぽこは、じっと見る派だ。見ないようにしてた時もあったと思うんだけど、プシューッと元気よく入っていく赤い血を見ると、あー今日も元気だと思うようになって、それからは見るようになってた。それに、血はある程度抜いた方が良いらしい。女性は人生で何だかんだ血を流す機会があるけど、現代の男性はなかなか血が入れ替わらないので、積極的に献血すると新しい血を作るようになって健康にもいいとか何とか。
というわけで、採血はあっと言う間に終わり、今度は別の階の脳外科に向かおうとしたのだが、
「今日は採血が混んでますので、結果が出るまでいつもより大分時間がかかるかも知れません」
そう言われた。
あらら、と思いながら採血室の外に出たら、「こちらが採血の最後尾です」
と、まだ係の人が整理券を配っていた。漏れ聞こえた声によると357番とか。いやいや、やっぱりネズミーランドより凄いよ。採血で1時間待ちとか。座る所があったって、病院に来て具合悪くなりそう。それに、採血の後に診察もあるのだから、病院は本当に大変です。
結局、やはり採血の結果が出るのに時間がかかり、10時の予約は大幅にズレて11時半になっても呼ばれなかった。また診察室のドアの前で予約票の番号が呼ばれるのを待つばかり。それから何人か幾つかあるドアを開け閉めして人が出入りするのを眺めている内にやっと呼ばれる。
「退院して具合はどうですか?体調の変化などはありませんか?」
Eらい先生にそう問われたけど、待ち時間だけでヘトヘトだったし、あんまり突っ込んだ話もしたくなかったから、大丈夫です、と答えるのが精一杯。
「血液検査の結果は問題ありませんでしたので、次は放射線科に行ってください」
ホッ。
余計なことは聞かれたくなかったへっぽこはすぐ終わった事に安堵して立ち上がる。挨拶をして診察室を出る。5分診療と文句を言う人もあると思うけど、へっぽこは別にそれでいいと思っている。顔を見ないとか話を聞いてくれないとかの不満があるのもわかる気がするけど、お医者さんは短時間というか一瞬でも意外にしっかり顔を見てくれているし、必要なことは伝えてくれていると思う。勿論、先生の当たり外れは多少あるのかも知れないけど、病院の先生、特に総合病院の先生は人気アトラクション並にたくさんの人を捌かねばならないのだ。まず自分の中で症状から悩みから綺麗に整理して考えをまとめておいて、こちらの欲しい要点だけをピンポイントで伝えて答えを貰わないと。なんて、へっぽこ自身そんなこと出来なかったんだけど、数年、定期的に病院に通って待合室とかで漏れ聞こえてくる他の先生や患者さんの声とか聞いていて思った。そりゃ、お医者さんは当然頭がいい。頭の回転が速いし、ピンポイントの要点を押さえる天性の勘所みたいなものがある程度備わってないと、そもそも医学部にも入れないと思うし、国家資格も取れないのではないだろうか。資格を取ってからも研修や実地経験で淘汰洗練されていくのだ。病院側が一番恐れているのは医療事故と裁判沙汰、と勝手に憶測させて貰うと、二重三重のチェックが入り、システム化して漏れや間違いがないよう、超効率的にならざるを得ない。それでも人だからミスがあるのは前提の上で、その中でベストを尽くしてくれている。本当に大変なお仕事だと思う。感謝しかない。
ま、それは置いといて次は放射線科へ。こちらも待たされるのかと思いきや、こちらはひっそりとしたものだった。繁茂期と閑散期があるのだろうか?壁にかけられていたテレビのワイドショーから聴こえてくる声から、ああ、もうお昼過ぎるのね。お腹空いたーと思ってる内に前の人が終わって出て来て、すぐに呼ばれる。こちらも慣れたものでサクッと終わり、やっとこ病院の用事は完了。会計へと向かう。
が、会計も黒山の人かりだった。
「ここのソファー座ってて。会計とかやって来るから」
そう言ってくれたダンさんの言葉に甘えてソファーにどっかりと座ってぼんやりと周りを見回す。沢山の人たち。最初に入院した時は救急車だったし、次に2回目の手術で来た時は入院バッグを抱えて裏から急いで中に入ったから、ここが受付ということは知っていたけど、来ることはなかった。物珍しげに周りを眺めていたへっぽこは、そこでやっとセカンドオピニオンという文字を見つける。
あ、セカンドオピニオンって手があったんだった!
鈍すぎる。でもへっぽこの場合は、多分そのタイミングで良かったのだろう。何はともあれ倒れて手術を受けて、レギュラーセットの治療もおとなしく大体受けて、次のフェーズに移るのに丁度良かった。2回目の手術前とか退院前にそっちに行ってたら、今のへっぽこは無かったかも知れない。ある程度素直に流れに乗るというのは実は一番正しいのかも知れない。
結局、その日のお昼は13時半過ぎになった。そういえば、亡くなった母が、病院は一日仕事と言っていた。そりゃ、病院開くと同時に列に並び、採血室までも走るわな。少しでも早く帰りたいもの。
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