第42話 てんかん克服?のヌカ喜び

セカンドオピニオン。代替医療とか総合医療とか言うので当たっているだろうか。へっぽこもその言葉は知っていたものの、お金がかかるからと選択肢から除外していた。でも、その後も放射線治療と診察、薬の服用を続けつつ、何か救いはなものか、と模索はしていた。そんなある日、図書館で予約していた本を受け取って読み始めて、おぉっ!と思う。そこには


「自分の病気は自分で治す」


「治療法は責任を持って自分で決める」



などなど、へっぽこの心を撃ち抜くズバリの言葉が書かれてあったのだ。



何でも、人間が本来持つ自然治癒力を高めれば病気は治るらしい。



特に嬉しかったのが、




「手術、抗がん剤、放射線治療の西洋医学の三大療法と、それ以外の様々な療法を組み合わせて、いいとこどりの総力戦をすればいい」


という一文。


まぁ、なんて大らかな対処法。


著者はへっぽこ居住地の同じ市内に開業しているお医者さん。西洋医学を学んで、大学病院でも勤務したけれど、西洋医学のみの治療に限界を感じるようになって、統合医療を学んだとのこと。書籍の中には、ガンが消えた患者さんたちの事例やクリニックでの治療方針などが書かれていて、また著者がそこに至るまでの経緯や具体的な治療法、また他の代替医療に関してもいくつか紹介されていた。


そうか。既に手術に放射線に抗がん剤のレギュラーセットを購入してしまったから、それを食べきるまで他のものは注文出来ないと思いこんでたけど、別に途中で他に目移りしてもいいんだ。


そう思った途端、とても心が軽くなった。


しかし、早とちりで重い〜コンダラ♩猫まっしぐらな単細胞へっぽこ。とんでもないことを思いつく。


——じゃあ、抗がん剤飲むの止めてもいいんじゃない?


いやいや、本にはそう書かれていない。それどころか総力戦ときちんと書いてあるのに、へっぽこはおっちょこちょいの上に性急でケチだった。


薬、多分すごい高かっただろうしなぁ。まぁ、突然一気に止めるんじゃなくても、一回くらい飲まなくていいんじゃない?


でも、薬はダンさんが厳重に管理していて、その目の前で飲まされるのだ。


——チェッ、駄目か。


その時、へっぽこの頭の中の悪魔へっぽこがそっと囁く。


「飲んだフリして袖の中に落として隠しちゃえば?」




そんな手品みたいなこと、不器用なへっぽこに出来るだろうか。


「じゃあ、飲んだフリして吐き出しちゃえばいい」


うん、そうだね。やってみよう。


思いついたら即実行が、へっぽこの長所でもあり、短所でもある。早速、素直にやってみる。


——が。


薬を口に入れた後に水を飲むフリして薬だけ飲まずに誤魔化すなんて、なかなか出来るこっちゃない。案の定失敗した。ダンさんに見咎められる。


「あれ、上手く飲めなかった?コップの中に薬が残ってるよ」




えぇい、変なとこだけ目敏いんだから、と心の中で舌打ちする。


仕方なく、コップの水を薬ごと無理矢理飲み込む。


——が。



「に、がーい!」


思わず叫ぶ。


「水!」


「え?」


「水ったら水!水!水!水!」


叫びまくる。溶けてしまった薬は尋常でなく苦い。


「お、お主、毒を盛ったか」


と、喉を抑えてのたうち回る時代劇の脇役の気分だ。いや実際、猛毒だし。


こんなもん、あたしは飲み続けてるのかと背筋が寒くなる。心も凍る。


それがマズかった。



その頃、マンションのすぐ裏に消防署があり、救急車が年中サイレンを鳴らして走り回っていた。日常音として聞き慣れていた音。でも、その夕方、そのサイレン音に突然恐怖を感じた。


その瞬間、アレが来た。脳内信号の異常。そう、てんかん発作だ。


——ヤバイヤバイヤバイヤバイ!


必死に呼吸を整えて、誦句集を唱える。長く息を吐いてリラックスし、脳の興奮を抑えねばと頑張る。でも焦ってる時にリラックスするなんてそんな簡単に出来るわけない。


——これはヤバイ。


——来る!



「ダンさん!」


懸命に声を上げる。駆け付けてくるダンさんと息子。


ソファの上で身体を突っ張らせて仰け反ったへっぽこの上にのしかかってくる二人。舌を噛まないようにタオルを口に詰め込まれた、気がする。その下でへっぽこは誦句集を心の中で唱え続けていた。


「今日一日怒らず怖れず悲しまず、正直親切愉快に、力と勇気信念とをもって、積極的人生をいきよう」


何度唱えたか分からない。でも、ブラックアウトしかけていた視界が徐々に現実に戻って来る。夕方のオレンジ色の風景。耳の奥でウアーンと鳴っていた何かが消えていき、窓の外で車が走っていく音やカラスの鳴き声が音として耳に入ってくる。


暫くして、



「大丈夫?」


ダンさんに問われて頷く。


「うん、平気。大丈夫。戻ってきた」


答えて息を吸う。心臓はバクバク言ってるけど、もう大丈夫。かえってこられた。そう思った。誦句集があったこと、家族が側に居てくれたことに心から感謝した。



でも、同時に過信もしてしまったのだ。


——あたし、てんかんを抑えられたんじゃん?


いやいや、甘い。そう、大甘で懲りないへっぽこは、また痛い目に遭うのだ。死にかけた癖に、やはりバカは死んでも直らないようだ。


ちなみに、馬鹿は死んでも直らないって元ネタは何だろう?と調べたら植木等さんの歌だった。ユーチューブに上がっててビックリ。


 それはともかく、バカで大甘なへっぽこは盛大な思い違いをしたまま、やがてその日の朝を迎えることになるのだった。



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