第30話そうして始まる抗がん剤服用

放射線治療終了後、ベッドが引き出され、身体を拘束していたルトが外されマスクも剥がされて、水色の作業着の人が助け起こしてくれる。


「どうでした?」


問われ、


「いや、よく分かりませんでした」と素直に答えたら、


「でしょう?」


と得意げに言われた(ように感じた)。


「皆さん、放射線というと怖がるんですけど、実際に受けてみると痛みはないし、時間もそんなにかからないので驚かれるんですよ」


「はぁ」


曖昧に答える。

まぁ、確かに痛みはなかった。時間はと言われると、ナウシカのサントラのおかげもあって長く感じなかった。


「そうですね」


と愛想笑いで同意したら、水色の人はホッと安心したように笑い返してくれた。


退院した今となって思い返してみると、つくづく大変なお仕事だと思う。感謝しかない。厚い扉が開く時はランプが回り、警告音が鳴っていた。それは中が危険だということ。その危険地帯で、患者の悪い所を無くそうという使命をもって働いてくれているのだ。原発事故以降、どうしても放射能という言葉への抵抗は少なからずあるだろうし、いくら対策してたって、絶対安全とは言えない環境なのだ。でも、その頃のへっぽこは自分のことでいっぱいいっぱい。また明日もこれをやらなきゃいけないんだなと思いつつ、ありがとうございました、とペコリとお辞儀だけして、れやれと車椅子に乗り、看護士さんに押して貰って病室へと戻ったのだった。


 そして少し遅目のお昼を食べてホッと一息ついたと思ったら、看護士さんが現れた。


「お昼ご飯はちゃんと食べられました?ムカつきとか不調な所はありませんか?」


聞かれて、まぁ特に変わりもなかったし普通に返事する。


「はい、元気です」


入院患者なのに変な返事だが、早く退院したいへっぽこは出された食事は綺麗に平らげ、順調ですよアピールをずっと続けていた。


「では、毎日一粒飲む抗ガン剤について説明させていただきます」



そう言って、看護士さんの後ろに控えていたっぽい人が前に出て来て胸のバッチを見せてくれる。薬剤師さんらしい。で、これから飲む薬の説明をしてくれたのだが、副作用とかがビッシリ書かれた紙を見せられ、ゲンナリする。なんでも鍵がかかる所で厳重に保管されていて、入院中は一定の時間に看護士さんが毎回そこから取り出して運んでくるのだという。なんて仰々しい。


「あのー、看護士さんもお忙しいでしょうからまとめて貰っておきましょうか?」


と何の気なしに言ったら、とんでもないとはねられた。


「でも◯◯(抗てんかん薬)は何日分か預かっていて、それを自分でちゃんと飲んでますよ」


そう言ったのだが首を横に振られる。


入院する時に、常備薬(近所のかかりつけ院で処方された睡眠薬とかドラッグストアで購入したお腹の薬とか、薬とつくものあれこれ何でも)は全て没収、いや取り上げられる。つか、家族に持って帰らされる。小学校にゲームやスマホを持ち込んでしまった子のようだ。入院中に出される薬との相性などの問題なのだろう。だから薬にうるさいのは分かっていたが、それにしても鍵かけて保管する薬?


それって盗まれる心配から、ではないんだろうな。


大学の時も実験室の1つの戸棚だけは特別な鍵がかけられてた。中は劇薬。ドクターとかが特定の実験の時だけ使用する高価または危険な試薬が入ってたのだと思う。それ以外の塩酸硫酸硝酸系の試薬は学部生でもすぐ手に届く棚に入れられてたのに。(ま、それらも勿論取り扱い注意薬品なんだけど)


つまり、すごく取り扱いに注意が必要な薬ってこと、だろう。


 で、看護士さんがビニール手袋をして小袋に入った薬を手にへっぽこの横に立って口を開く。


「お水の用意はいいですか?」


 ベッド備え付けのテーブルの上には入院用プラコップと、中に飲料用水。看護士さんにも見えてる筈なのに確認されるって、どういうこと?


それはまるで、運動会の駆けっこで


「準備はいいですか?」


「ではいきますよ。よーい」


と掛け声かけられてるようだった。慌てて一口水を含んで口の中を潤しておく。薬を呑み込むのはそんなに苦手な方ではないけど、口の中が乾いてると滞口時間?が長くなり、苦味が出てしまう。


看護士さんはゴム手袋の上にビニール手袋をした手で小袋から一粒の錠剤を取り出し、それを外側からパキッと押して、その小さな一粒を押し出して、ビニール手袋をした手袋でそっと受け取り、慎重に摘み上げると、へっぽこに口を開けるように言った。


え、飲まされるの?


そう思いいつ、逆らわずに口を開ける。入ってきたものを急いでコップの水で流し込む。



「はい、お疲れ様でした。では、お夕飯まで休んでくださいね。具合が悪くなったり、戻してしまったりしたら、いつでもコールしてください」


そう言って去って行った。初回だからだろうか。たかが一粒の投薬の物凄い厳重ぶりに引いた記憶が残ってる。


確かに薬には素手で触ってはいけない。下手すると溶けて成分変わったりするし、開けてすぐ飲むのが原則。でも、手袋二重だなんて。何が何でも触りたくない溶液を扱った時にしかしなかったよ。それだけアブナイ薬なんじゃないかい?それを体内に入れるって、何ソレ?と思う。でも、その時のへっぽこは生きて早く退院する為にと覚悟して飲んだので特にムカつきなどは感じなかった。


 人は心に大きく左右される。後々、また書くと思うが、仕方なく飲んだ時には、本人的には深呼吸して心の中で覚悟を決めて、えいやっと飲んだつもりだったのだが、心の奥底では納得出来てなかったのだろう。少しして戻してしまった。すごく苦しかったし苦かった。プラシーボとか効き目の差とか、薬の実験についての書籍もその後あれこれ読んだが、結局は気持ちの持ちようだというのは本当だと思う。ただ、頭で考えたつもりでも身体は正直だったりするから難しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る