第25話 脳の障害。高次機能障害検査は圧迫面接?
そうして始まるリハビリ生活。普通に運動のリハビリもあった。車椅子で体育館みたいな少し広いトレーニングルームに連れて行かれて、そこでトレーナーさんと柔軟をやったりボールの転がし合いをやったり。へっぽこはキックベースをやっていたので、球技は割と得意だった。息子が小学生の頃は家族で公園に行ってドッジボールをして遊んでいた。漫画「ガラスの仮面』でマヤが『真夏の夜の夢』の妖精パックの役柄を掴む為に自分に向かって投げられるボールを避ける稽古をしていたが、あれと同じようなことを息子に課して鍛えていた。だから、投げる掴む、避けるはへっぽこも得意なつもりだった。
が、やはり右手はほぼ変わらず出来るが、左がおかしい。右手と同時に動いてくれないから、コロコロボールをキャッチ出来ずにボールがどこかに行ってしまう。それを追いかけようとするがバランスを崩して倒れそうになる。
「おかしいなぁ、あたし球技は割と得意だったんですけどねぇ」
虚しくも必要ない弁解をするへっぽこ。
「では次に握力を測りましょう。はい、これを片手で持ってレバーをこう握ってください」
言われて渡された握力計を左手は持ち上げることも出来なかった。
や、やはりこれは障害を負ったんだ。
どーすべ。必死でググる。脳の障害で検索していくうちに「高次機能障害」という言葉を見つけた。U村先生に泣きつく。
「これ、高次機能障害ってヤツですよね?」
よく分かりもしないのに、何とかせねばと足掻く。
数日後、今度は年輩の女性に呼ばれて地下の薄暗い廊下を通って行く。途中、安置所への矢印があったりして、ちょっとビビる。総合病院なんだから当たり前なんだけど。
大学の研究室みたいな狭くて薄暗い静かな廊下を通って曲がって曲がって着いたドアには検査室と書いてあった。
年配の女性は長机の向こう側に座って何やら紙に目を落とす。
「今日は何年何月何日ですか?」
そう問われたけど、その机の上にはデンと卓上カレンダーが乗っている。からかってるんだろうか?
そう思うが、
「えーと、平成三十一年の一月の、あれ?何日だっけ?」
スコンと日付が抜けていることに喋り始めてから気付く。
だって、働いたり外出したりしてないと日付とか曜日ってわからなくなる。曜日はゴミ出しがあるから、まだ意識しやすいけど、入院してるとそれも出来ないから、はっきり言って今日が何日の何曜日かわからない。えーと、えーと、再入院したのが一月何日だっけ?それから手術して、病室に戻って。で?
ウンウンと悩んでる内に
「今日は一月二十五日です」
サラッと先に言われる。
「では、次」
え?待つ時間もなしに次のテスト?
「今の季節はなんですか?」
「え。そりゃあ1月だから。あ、でも立春前だし、冬、ですよね?」
歴史小説書いてると頭がつい旧暦モードになり、無駄に慌てる。
「では、ここは何県ですか?」
はいぃ?
「お、大坂ですけど」
「地方でいうとなんですか?」
「え、関西、じゃなくて近畿?」
あまりに簡単なことを聞かれると、間違ってないかと不安になるのは何故だろう。
「今いる病院の名前は?」
「◯◯◯、ですよね」
「何階にいますか?」
「地下1階?あれ、2階かな?」
「地下1階です」
ホッ。
「では次。これから言う3つの言葉を覚えてください」
「桜、猫、電車」
パッ、パッ、パッと言われる。
「今覚えた単語を後でまた聞くので、覚えておいてくださいね」
うっ。
桜、猫、電車。桜、猫、電車。後で聞かれると聞くとちと怖くなる。結構必死で頭に叩き込む。
「では次。100から7を引いていってください」
「へ?」
「100、93、そこから7を引くと?」
「え。えーと、86?」
「はい、その次は?」
「えーと、79?」
「続けて」
「えー、72で、ロクジュウ、えー、ゴ?それから、えー、ゴジュウハチ?」
あれ、合ってるよな?
緊張して、パパッとすぐに出て来ない。単純な計算なんだけど、すっごい疲れる。
それにしても、ストップウォッチ片手に冷たーい目でテストする試験官。
これは圧迫面接かい?って思ってしまう。
「では、先程覚えた言葉を言ってください」
さっき覚えたって。あ、アレか。
「えーと、桜、猫、電車?」
いや、車だっけ?確か3つだったよな」
「はい」
お、合ってたらしい。猫好きで良かった。犬とか鳥だったら間違えてたかも。
「では次、この絵を見て、手元の白い紙に同じように描いて下さい」
見せられた紙には白黒の図形が2つ。五角形が重なっただけの単純な絵だ。えーと、
「見ながらで構いません」
あ、見ながらでいいのね。
こちとら、元オタクのアマ絵描き。こんな絵、ちょちょいのちょいで綺麗に再現したるわ。
──が、描けん。線が曲がるのもそうだけど、角度がおかしいのもだけど、それ以前に、絵として図として認識できてないことに気付く。五角形の角がどっちを向いてるのか、どう描いていいのかわからない。
──何で?
「えーい、ままよ」
気合いだけ入れて鉛筆を持つが、五角形は描けずにギザギザの線を描いてしまった、と思う。
試験官の女性は無表情のまま、なんか手元の紙に書き込んで、へっぽこが描いた紙をサッと取り上げた。
「では、掌を上にして目を閉じてください。私の手は握らないでくださいね」
そう言われて、素直に従う。
でも今思い出すと自信がない。目を閉じると無意識になるから、反射で握ってしまったかもしれない。実はこれを書くために検査について調べて、それと自身の記憶を重ねてるのだが、検査内容はすぐに忘れてしまって、ただ、出来なかったなぁという苦い記憶だけが今も残っている。終わって病室に戻った後に、もう一回やらせてくれたら今度はちゃんと出来るのに、と思ったのだが、結局、その検査は以後二度と行なわれなかった。
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