第26話 2回目手術からの回復は波乱含み
2回目の抜糸は遅れた。手術後1週間程経った頃にU村先生が傷口を見ながら言ったのだ。
「今回はもう少しですね」
えーっと思ったのだが、考えてみれば当たり前。1回目の手術をした所が治り切る前に同じ所を切ったのだから、皮膚組織だってビックリしたに決まってる。
「おいおい、やっと塞いだと思ったのにまた切るのかよ?ひでーよ!」って。
で、へっぽこは傷口が塞がるのを待つだけの生活。ふと気付けば廊下で誰かナースに怒られている。若いのか子どもなのか、または何か障害があるのか、よくは見えなかったが、小柄な人が、かなり頑丈そうなヘッドギアを付けて動いてて、ナースがその横で注意をしてた。
「また転んだら傷口がぱっくり開いちゃいますよ。ほら、じっとしてて下さい!」
──ぱっくりは怖い。へっぽこはヘッドギアまでは付けてない。転んで頭を打ったら大ごとだ。大人しく病室に篭る。そして本を手にひたすらその世界に入っていった。
その時、へっぽこが読んでいたのはスピリチュアル本。斎藤一人さんとかさとうみつろうさんとか。それからデールカーネギーの「道は開ける」を何度も繰り返し読んでいた。と言いつつ、この文章を書きながら、「どんな内容だったっけ?」と忘れてることに気付いた。たまに、一度読んだ本の内容は忘れないって人がいるが羨ましい。へっぽこはすぐに忘れる。脳の容量が小さいんだろうか?でも忘れていいのだと思うようにしてる。本との出会いは、必要な時にタイミングよく訪れるものだと思ってるから。その時は健康系の本もよく読んでたのだが、中に歯医者の先生が書いた本で、
「重曹でうがいをすると虫歯になりにくいし、口内炎もすぐ治る」というような記述があったのを見つけた。残念ながら、どなたの著書なのかまるで記憶がない。退院以降に借りて読んだ本はノートに番号を振って気になった箇所をメモしたりするようになったのだが、この時はそんな余裕なかった。
だが、この重曹の記述がが後にへっぽこを助けてくれることになる。
とにかく、スピリチュアル本や健康本を読み漁りながら、明るくポジティブに生きねば、と天国言葉や、ホオポノポノの癒しの四つの言葉「ありがとう」「ごめんなさい」「許してください」「愛しています」を唱えまくった。と言っても狭い病室。声に出しにくい。でも本には「小さくても声に出した方がいい」とあったので、またブツブツゴニョゴニョと怪しく唸る毎日。また、ダンさんにお願いして、食用の重曹を空き瓶に詰めて貰い、ゼリー用のスプーンと共に持って来て貰う。それを入院洗顔用のプラコップに小さじ半分くらい入れて手洗いうがいに努めていた。その病院の水道には、「どこの蛇口のお水も飲めます」とは書いてあるのだが、なんとなく、微妙に味が違う気がした。匂いというか気配というか。で、一番近くの水道は飲用にもうがい用にもちょっと鉄臭さを感じたので、少し離れた別の棟の水道まで行って、歯磨きとうがいをしていた。あ、飲用水は、給湯室のウォータークーラーのお湯を水筒に詰めていた。つまり日時的にお白湯を飲んでいた。ちなみに退院した今はお白湯は飲んでいない。お世話になってる東洋医学の先生曰く、「お白湯は病人の飲むもの」らしいので。
昔、お白湯を飲む健康法が流行った時期があった気がするが、今もやってる人いるのだろうか?ファッションも健康法も流行り廃りが激しいね。
やがて抜糸OKとなり、U村先生がまたやってくる。へっぽこはニヤリと笑って、またラマーズ式呼吸法を繰り返した。
——ヒッヒッフー。ヒッヒッフー。
——バチン。ピッピッ。
うん、そんなに痛くない。どんなもんよ?
抜糸が終わると一応シャワーが許される。それは2回目なので分かってるのだが、今回の問題はフラつくことだった。それに左手も満足に動かない。
入院中のシャワーはナースが付き添ってくれる。だからそれはいい。いいはいいんだけど、申し訳ないが、はっきり言って病院のシャワールームはあまり綺麗じゃない。お掃除の人はちゃんといる。でも、壁に床にベッタリとついた汚れなど見ると、なるべく最短でササっと済ませたいと思ってしまう。が、左手足が満足に動かないのでバランスが悪く片足立ちがあまり出来ない。だが転びたくないし手早く済ませてそこから去りたい。だから急ぐ。だが焦る上に手足が満足に動かないと当然よくないことが起きる。
——ポトッ
「ぎゃあ!」と叫びたかったが我慢した。
替えにと準備してきた洗濯済みの下着をそのビショ濡れの汚れた床に落としてしまったのだ。
——ガーーーーン。
ちびまるこちゃん並にタレ線を落として悩む。どーすべ?シャワーを浴びた後に濡れて汚れちまったコレを着るのか?今着てるのをもう一回着るのか、それとも?
小学生の時にプールに行った。だけど行きに水着を着てその上に洋服を着て出かけると、プール上がりに水着を脱いで気付くことがある。下着を忘れた!と。でも無いものは無い。選択肢は2つ。濡れた水着を絞って着てその上に洋服を羽織って帰るか、スースーするが、直に洋服を着て急いで家に帰るか。小学生のへっぽこはスースーを選んだ。しかし、よもや大人になって同じような境遇に陥ろうとは。
で、へっぽこはまたも下着を着ずに入院着を着て、その上にカーディガンを羽織り、サササッと病室に戻るという選択肢を選んだ。無事に戻ってからベットでカーテンをガッチリ引いて落ち着いて着替えればいい。
ちなみにパジャマというか、病院内でうろつく時には入院着をレンタルしていた。月額何百円かかかったけど週に何回か洗濯交換してくれるので、ダンさんの手間を少しでも減らしたかったし、パジャマを着るのは消灯されて眠る時だけにしてた。日中は寛ぐ気分になれなかったし。だけど、まだ寒い時期だったのが幸いした。カーディガンが防護服となってくれて、なんとかへっぽこは無事に病室まで退避出来たのだった。「急いては事を仕損じる」とはまさに。それ以来、へっぽこはシャワー時には下着や上着を予備まで持って大荷物で通うことになる。
しかし問題はまだあった。傷口に触るのが怖くてシャンプーはガシガシ出来ずに気付くのが遅れたのだが、終わっていた筈の抜糸が終わってなかったのだ。それも大きいのが2つも。
おーい、U村先生、何してくれんねん?
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