第三章 障害発生と抗がん治療
第23話 左が動かんくなったぞ
2回目の手術にも母と妹が来てくれた。手術時間が長いらしいから来ないで大丈夫だと断ったのだが、またも泊まりでやって来てくれた。自分はなんて親不孝者なんだろうと思った。具合の悪い母にそんな負担をかけて、妹やその旦那さん、そして家族に迷惑をかけまくっている。
でも、手術が終われば。元通りに元気になればお返しが出来るだろう。その時はそう思っていた。だが、思う通りにはいかないのが世の常なのか、普段の行ないの悪さなのか、はたまた、つい試練の道を選んでしまう悪癖なのか、そうそう容易にはいかないのであった。
だが、そんなの知らないその時のへっぽこは、無理にテンションを上げて、2回目の手術へと向かった。♪歩こう、歩こう♪わたしは〜元気〜♪
と心の中で歌いながら元気に歩いて手術室へと向かい、例の呪文に天風先生の「力の誦句」を加えたオリジナルバージョンを唱えまくって、鳥居、いや手術室の扉をくぐる。
一度は死にかけたみたいだけど、戻ってこれた。その時と同じメンバーが待っている。それが安心となる。
「よろしくお願いしまっす!」
元気に挨拶して手術台にゴロンと横になる。麻酔の先生が近付いて来て、何か話しかけられて針が刺された、と思う。あとは知らん。
心地よーく眠ってたんだろう。今回は、前回のターミネーターの電源強制終了はなかった。
そして、気づいたらもう病室に居た。
──あれ?
手術後にICUで一度は麻酔から目覚めてる筈だし、呼吸器とかお水とかもテストされてる筈なのに?その記憶がまるでない。
うーん、何でだろう?
2回目の手術は長いって言ってたからかなぁ。それでだろうか。疲れきって熟睡しちゃってたのかも。夢でも見てて、途中の記憶を途切らせてしまったのかも。へっぽこはそう思うことにした。とにかく、生きてまた病室に戻ってきた。とりあえずはそれでいいや、と細かなことはサラッと忘れることを選んだ。
よく、物書きは自らの体験をネタと見なして書きまくると聞いたことがあるが、へっぽこはそんな作家根性はまるで持ち合わせてなく、つくづく物書きには向いてないんだなぁと後から思うことになるのだが、その時のへっぽこは自らの刹那主義を良しとした。
それから術後の体力回復に入る。前回と同じで、1週間程で様子を見ながら抜糸となり、その後の抗がん剤と放射線治療に入っていく。そんな予定を聞きながら、徐々に身体を動かしていく。
——が。
あれ?なんかヘン。
グラグラするぞ?真っ直ぐ歩けない。それに左側がよく見えないような。
病室を出て5メートル程行くとナースステーションがあり、その角を曲がったすぐの所に女性用トイレがある。が、そこまで辿り着くのにひと苦労。どこかの遊園地で薄暗闇の中を彷徨う迷路があったが、あんな感じに手探りで歩かないと物にぶつかる。特に左側。
——何じゃ、こりゃあ?
なんか知らんがおかしい。
「へのさん、調子はどうですか?」
その頃、毎朝様子を見に来てくれるのはU村先生になっていた。火曜だか水曜は、脳外科の先生方の巡礼?があるので、Eらい先生を先頭にゾロゾロと通って行くのだけど、基本はU村先生が担当になったようだ。
「悪いっす」
にべもなく答えるへっぽこ。U村先生は苦笑して傷口だけ確認して去って行く。
その少し後、Eらい先生の診察があった。
「これから、私が主治医となります」
あれ?K田先生は?
K田先生はEらい先生の後ろにいるけど黙ってる。
「では、へのさん。はい、両手をこう掌を上に向けて真っ直ぐ前に上げてください」
言われて、ホイと両手を持ち上げる。
それが何さ?
「真っ直ぐで止めてそのままキープして」
あいよ、ホイホイ。こうでしょ?何のテストよ?
「では次、目を閉じて同じようにしてください」
「はい」
「あ、キープして!目は閉じたまま」
んむむむむ。力がいる。
——ん?
目を開けたら、左腕はポトンと落ちていた。
「はい、有難うございます。では、戻って休んでくださいね」
え、それだけ?
「もう少し回復してきたら、リハビリを開始しましょう」
サラッとそう言う。
リハビリ?前回はそんなんやらなかったじゃん。
「手術は無事終わったので、あとは傷が綺麗に塞がったら抜糸して、検査などして様子を見ながら抗がん剤服用と放射線治療に入って行きます」
うぅ、やっぱりそのレギュラーセットは無くならんのか。
病室に戻って少ししたらU村先生がやって来た。
U村先生はEらい先生よりは話しやすい。恐る恐る聞いてみる。
「あのー、手術した後、なんか身体がうまく動かないみたいなんですけど」
そう言ったら、U村先生はああ、という顔をした。
「へのさんが手術して切除した部位は左の運動機能を司る所にごく近かったんです」
「へ?」
「グーパーは出来ますか?」
グーパーしてみる。右手は問題ないけど、左があんまり動いてない。フニャフニャしてる。
両掌を見つめて心の中で吠える。
——なんじゃあこりゃああ!(表記揺れがあるらしくググりました)生では観てないけど昭和の名場面でよく出てくるそれはインパクトあって忘れられない。
どうもおかしなことになったようだとその時気付いた。
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