第13話 生還

水、水が欲しい。ミズをクレ。


そう思って何時間か。ギラギラと看護師さんを見つめるへっぽこに、看護師さんが近付く。


「呼吸は苦しくないですか?」


「はい。あの、水は、まだ、ダメですか?」


看護師さんはうーんとへっぽこを見た後、


「ではまず、うがいが出来るか試しましょう」


と言って、ダンさんが入院グッズとして用意してくれたストロー&フタ付きのプラコップに水を入れて持ってきてくれた。最初に見た時は、赤ちゃん用のマグではないかと拒否ってしまいそうになったのだが、この渇水状態で見ると魔法のグッズのように見えるから不思議だ。ちょうどピンクだし。ダンさんはどうも可愛らしい色をへっぽこに与えたがる気がする。男性とはそういうものなのだろうか?別にへっぽこはこだわりがほぼないので構わないんだけど。それに元々は魔法少女好きのオタク女。クレヨン王国からおジャ魔女までは大好物でピンクのグッズをこっそり買っては、いつか女の子が産まれたら一緒に、と夢を見てた。残念ながら女の子には恵まれなかったが。代わりに歴代ウルトラマンは名前をしっかり覚えてショーにも参戦したけど。へっぽこはティガが一番好きだった。それからダイナとガイアとのトリオ。


いやいや、話がずれた。


というわけで魔法のアイテムを有り難く受け取ったへっぽこ。先ずはうがいから。少し吸い上げて、看護師さんが差し出してくれた器に出す。


「では、次は一口だけ。ゆっくりどうぞ」


頷いて恐る恐る喉を通す。


——美味しい!


水ってこんなに美味しいものだったのかと感動した。


勢い良くグビグビと吸い上げる。足りない。


「すみません、お代わりください」


「大丈夫ですか?」

「はい、全然問題ありません!」


結局、三度くらいお代わりした。それもナースコールを使って。忙しい看護師さんに悪いことしちゃったなぁと思いつつ、おかげで元気に朝を迎えられた。有難うございました。


やがてK田先生が来て調子を聞かれる。元気なへっぽこは病棟に戻されることになった。だがその前に手術着を脱がねばならない。看護師さんが着替えさせてくれて別のベッドへと移し替えられる。看護師さんってすごいなぁ。一応標準サイズのへっぽこだが、もっと重い人や背の高い人もいるのだから。


ガラガラとベッドが押され、エレベーターに乗せられる。見覚えのある風景。娑婆に戻った、ってこういう気分なのだろうか。


ベッドが定位置に着く前にチラと見えた見覚えのある面々。ダンさんに息子に母に妹。そして、弟。


あれ?


どうやら弟も来てくれたらしい。実は高校くらいの頃はそんなに仲が良いわけでは無かった。その後、普通にはなったが、まさか新幹線使って来てくれるとは思わなかった。


ベッドが定位置に着いて、皆の顔がしっかり見える。涙脆いダンさんは泣いてた、と思う。へっぽこはぼんやり皆の顔を見ながら、まず母に有難うと礼を言った。


「お父さんが居たよ」


それから弟に礼を言う。


「ごめん、なんか動けないからこの体勢なんだけど、来てくれたんだね、ありがとう」


「姉ちゃん、一回死んで戻ってきたんじゃない?」


そう言われて、ああと思った。


そうか、あの泳いでたのは、所謂臨死体験ってヤツだったのか。父も祖父も確かに亡くなってた。泳いでる時は何も思わなかったけど、なんか喋ってたのは、帰れと言われてたのかなぁ。噂には聞いてたけど、まさか自分にそんな体験があるとは思わなかった。お化けとか精霊とか、そういうのの存在は感じられるけど、実際に目には見えた経験がなかったので、ほほぅと思う。そうか、アレがそうか。しかし、ターミネーターのシャットダウンは何だったんだろう?あれが死んだ瞬間だったのかしらん?後で先生に聞こう。そう思いながら、目だけ動かして周りを窺う。ヌイグルミたちも待っていてくれた。


——ああ、帰ってこれたぁ。


よし、後は元気に回復して、とっとと退院するぞ!


だが、なかなかそうはいかないのだった。

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