第12話 ヘッポコーターシャットダウン
手術室に入ると、Eらい先生がオペ着で立っていた。その横にU村先生にK田先生。麻酔の先生。そしてたくさんの看護師さんたち。ギョギョギョ、先生軍団勢揃いじゃないですか。
「はい、このベッドにこちらを頭にして横になってください」
いかにもな手術台ベッドに案内されて、はぁと返事して大人しくベッドに上がる。
ああ、やっぱりまな板の上の鯉か。やがて麻酔が打たれた、と思う。
その後はブラックアウト。
当然、記憶にない。
だが、途中、へっぽこはターミネーターになった。映画のターミネーター2で、シュワちゃん扮するターミネーターT-800がサラコナーに指示して頭のチップを取り出すシーン。あそこでT-800は一度シャットダウンするが、あれと同じ現象が頭の中で起きたのだ。一回なんかピカッと光ってプツンと切れる感じ。その後、へっぽこは夢の中でブクブクと水の中を漂った。泳いでいくと向こうの方におじいちゃんがいる。それにお父さんも。懐かしい。笑ってなんか言ってるみたいなんだけど、よくわからない。だって夢だから。
そう思ったら声をかけられた。
「へのさーん」
「へのへっぽこさーん」
フルネームで呼びかけられる。
「終わりましたよ」
ん?誰だ?あたしを起こすのは。私まだ眠ってるんだけど。
しかしへっぽこは寝覚めがいい方だった。
「はい、おはようございます」
そう気持ちは応えて起き上がろうとするが起き上がれない。なんか身体中に色々くっついてて身動き出来ないどころか息も出来ない。
なんじゃ、こりゃ?
「無事終わりましたからね。今晩はこちらに泊まって、大丈夫そうなら明日病棟に戻れますよ」
ふーん。
喋れないから目だけキョロキョロ動かして辺りを窺う。
こ、ここは所謂集中治療室?
え、ここに泊まるの?嫌だぁ、と思うも身動き出来ないから仕方ない。
寝よう。寝てしまおう。だがさっきまで眠っていたのだ。そうそう眠れるワケもない。看護師さんがこまめに声をかけてくれる。が、忙しそうだし、大人しくしてるしかない。やがて救急車のサイレンの音が近付いてきた。
あ、なんか嫌な予感。
そう、ここは集中治療室。つまり急患さんが飛び込んでくる場所。
ヒーーーッ!
ドヤドヤと聞こえる足音に目と耳を塞ぎたい気分でいるが、そんなへっぽこどころではなく、カーテン挟んだ隣のベッドに誰かが運び込まれる気配。切羽詰まった空気と先生たちが話す声。
き、聞こえてしまうんですけど。
なんか聞こえちゃうんですけど。耳を塞ぎたくても手足は固定されて動かず瞼を開け閉めすることしか出来ない。目の端に映る隣のベッドの影。頻りと話していた声が小さくなっていく。必死で気は逸らしていたけど、感じてしまった。運び込まれた方はお亡くなりになったのだと。やがてまた色々な音が聞こえて、部屋は静かになった。看護師さんが近付いてくる。
「へのさん、苦しくはないですか?」
いや、苦しいですよ。だって、自分で呼吸出来てないもの。人工呼吸器付けられてるもの。
「これ、外れないんですか?」
モガモガとだけど喋れることに気付く。看護師さんは少しお待ちくださいね、と言って離れ、別の人が近付いてきた。
人工呼吸器を外してくれるようだ。ホッとする。
喉に入れられていた管が抜かれ、色々テストされる。問題なさそうと判断されたらしい。邪魔な覆いが無くなり、へっぽこは安心して空気を吸った。赤ちゃんが最初に息をする時ってこんな感じなんだろうか?
しかし、ずっと管を入れられていたのだ。喉が渇いた。
「あの、お水を飲みたいのですが」
看護師さんにお願いするが、看護師さんは首を捻った。
「お水はもう少し、あと数時間は我慢してください」
えーーーー
この渇水が手術後の夜の一番辛かったことだった。
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