第11話 生命力は生命欲
さて、それから看護師さんが差し出した手術着に着替える。紙だかビニールだかよくわからんパジャマみたいな浴衣みたいなものを羽織らされる。そして聞かれた。
「手術室まで歩いて行かれますか?車椅子を押しましょうか?」
へっぽこは元気に答えた。
「当然、歩きます!」
スクッと立ち上がる。
小さな頃、夢を見た。TVドラマのワンシーンだったのか、ベッドに乗せられてガラガラと手術室に連れて行かれる夢。目に映るのは天井の白い丸い電灯。如何にもなその光景が怖くて、病院が大嫌いだった。だから自分の足で歩いて行きたかった。
ベッド周りの御守りヌイグルミたちをそれぞれ一撫でして、
「行ってきます」
と挨拶をし、窓の外を眺める。見慣れてしまった景色。
——また、戻ってくるぞ。
その時のへっぽこは、リングに上がるボクサーよろしく、負けるもんか、と闘魂漲っていた。気分だけはこれから戦に出掛ける巴御前だったかも知れない。
手術室は地下2階。エレベーターで降りると、もうすぐそこが手術室の入り口。
「この中で座ってお待ちくださいね」
そう言って付き添いの看護師さんは手術室の自動扉の開けるボタンを押した。
神社の鳥居をくぐるように一礼してそこへ足を踏み入れる。奥の自動扉の前にワンクッション置く為か椅子があって、そこに男性が一人座っていた。その横の空いてる椅子に腰掛ける。
手術待ちの患者同士。「あなたもですか」「ああ、あなたもなんですね」と、声の会話こそないものの、何となく労わり合いの空気が流れたのが不思議で覚えている。
その待ち時間もへっぽこは心の中で呪文を唱えていた。一巡目、二巡目。よし、三巡いけるか?
三巡目が終わりかけた時、奥の自動扉が開いて看護師さんが姿を現した。
「へのさん、へのへっぽこさん」
呼ばれる。
あれ?先に座ってた人より先に呼ばれてしまった。
「はい」
「では、お入りください」
チラとお隣を見たら、ペコリと頭を下げられた。
へっぽこも下げ返す。
「すみません、お先に」
「いえいえ、どうぞ」
なんの挨拶なんだか。だが、不思議と和む。まだコロナ前だったから双方マスク無し。顔全体が見えるというのは、初対面で一度きりの相手でも、やはり意思が通じやすいように感じる。
へっぽこは椅子から元気に立ち上がった。看護師さんがバインダーを手にへっぽこを見る。
「へのへっぽこさん、フルネームお間違えないですね?」
言って、左手首に入院時から付けられている入院患者用の白のバーコード付きリストバンドをピッと確認する。確かに人を間違えて手術とかしちゃったら大ごとになるから医療ミス防止のた為に必要なんだろうけど、スーパーの野菜になった気分だった。いよいよなのだ。
「お願いしまーす!」
大きな声で挨拶をして開けられた奥の扉をくぐった。
気分はガンダム射出時のアムロ。
「へっぽこ、いっきまーす!」
無駄にピョンと跳ねて奥に飛び込む。でも、多分これが良かった。
やらされるものより、自分から進んでやるものの方が、テストだろうが手術だろうが、結果は良く出る。それが2回の手術と治療を終えての感想だ。
——帰らにゃ。帰って息子をキャベツ生活から救わなくては。
その時のへっぽこはそれだけだった。
どうにもならん時は天命。でも、諦めたらそこで終了なのは、試合だけじゃないと思う。奇跡は毎日どこかで起きている。
そう思う。
そして、生命力は生命欲ということも。
——生きねば。
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