第10話 やってきた手術当日の朝
さて、手術当日の朝が来た。入院してから朝5時前に目が覚めるようになっていた。病棟内は6時から電気が点くのだが、ナースコールは常にどこかで鳴り響いているし、お年寄りの朝は早い。へっぽこも動き出す。
朝7時、手術患者の家族のみ入れる時間になり、ダンさんと息子、それに母と妹が来てくれる。
「皆、早起きして来てくれてありがとう」
特に妹。妹は小さい時から朝が弱く、寝起きは不機嫌だと母が恐れるくらいだった。なのにこんな早くに来てくれてる。申し訳ないと思うと同時に、自分はなんて幸せ者なのだろうと改めて感謝した。自分もこういう、人を励ますことの出来る人になりたいと思った。
続いて主治医の若いU村先生とK田先生、そしてこの病院の脳外科医の中で多分一番偉い先生もやって来た。
「体調はどうですか?」
Eらい先生は白髪で威厳はあるんだけど、背が高く細身で優しく穏やかな風貌。
「はい、すこぶる元気です」
元気に答えるへっぽこ。
冷静に考えると入院患者の答えではないのだろうが、その朝のへっぽこは本当にそうだった。
「手術はチームで行ないますから安心して下さいね。順調にいけば、4、5時間くらいかと予想しています」
「えっ、長いですね」
ちょちょいと一部を取ってみるだけじゃなかったの?
そうは思えど、もう逃げられない。
「はい、カイトウ手術ですから」
「へぇ、解凍手術」
一回凍らせてから手術するんだろうか?身体丸ごと冷凍保存されて何十年、何百年後の未来に目覚めた男性の映像が頭の中をよぎる。あれは確かコールドスリープって言った筈。何の映画だっけ?
「はぁ、カイトウ。それは時間がかかるでしょうね」
お間抜けなへっぽこはカイトウの字を知らずに、のんびりとそう答えた。
「カイトウ」は「開頭」。つまり頭蓋骨を削って頭を切り開く手術。でもそうとわかったのは、その後退院してからのこと。この時点では、一度凍らせてから手術すると出血が少なかったりするのかな、と呑気に考えていた。
「ああ、でも麻酔が入ったら、すぐ眠ってしまうので、次に目覚めたら終わってますよ」
あっさりそう言われる。
「はぁ」
母と妹を見上げる。
「なんか時間かかるみたいだから、無理しないでホテルで休んでてね」
うんうんと首を頷かせつつ、
「いいから先生のお話をしっかり聞きなさい」
そう言う母。母はやはり母なのだと思った。
「それでは準備に入りますので、ご家族の皆さまは此方へ」
ナースに促され、ゾロゾロと出て行く皆に笑顔で手を振る。
「じゃあ、ちょっくら行ってきまーす。また後でね」
そして確かにへっぽこは行って、それから還ってきた。この世からあの世への境目を見て、またこの世へ。
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