第9話 手術前日

 そうしてのんびりと過ごしつつ、刻々と近付く手術日。その前日は意外に忙しかった。

 麻酔医が病室にやってきて、手術当日の流れを説明してくれたり麻酔についての説明をしてくれたりして、よくわからないけど、頭とかに電極を繋げられて、ビリビリの体感を確認されたりした。


その前後、遠方に住んでた母と妹が新幹線に乗ってやって来てくれた。


二十年程前に腸の大きな手術をしてからあまり体調が良くなかった母。その母を心配して妹が付き添ってくれたのだった。

「旦那さんにお留守番させちゃって大丈夫?」

聞くへっぽこに、大丈夫だよと優しい笑顔を返してくれる妹。へっぽことは違い、優しくて出来の良い妹は結婚後も立派に公務員として働いているのだが、有給を2日も取ってわざわざ来てくれたのだった。


二人と一緒に談話室へ向かう。


母も妹もダンさんも息子も、皆猫好きなので、自然に窓際の額装された猫の絵に目が集中する。

「可愛いね」

「かわいいね」


実はこの猫、人の視線を集め慣れていたのだが、その時はそんなこと知らなかった。



 母と妹は駅の隣のホテルに予約を取っているとのことで、ダンさんが送って行ってくれる。


翌日の手術は10時から。面会時間はもっと後からなのだが、手術の日は、その家族だけは早目の面会が許される。母と妹はそれに間に合うようにまた来てくれるという。


一人ベッドに取り残されたらまた本の虫。趣味が読書で良かったと思った。まだその頃はスマホで小説は書いてなかった。


出された夕飯を平らげ、面会時間ギリギリまで粘って付き添ってくれるダンさんと息子と手術前日の夕べを過ごす。二人の夕飯はダンさんが帰宅後にお味噌汁だけ作っておかずは惣菜を買って食べていたようだ。入院前のへっぽこは食材やら調理法に結構こだわっていた。新婚当初からお弁当も朝夕も全て手作り。息子が生まれてからは安全安心な野菜を買い、スーパーの出来合いの惣菜や冷凍食品は殆ど買ったことがなく、肉も魚も50度洗いしてから調理していた。なのに病気に罹ったのかと言われそうだが、そんなものなのかもしれない。一概には言えないけど、あまり気にしてない人の方が元気で健康だったりする。


 息子と二人になった時に息子がぽろっと零した。


「キャベツの千切りばっかりなんだよ」


「え、千切り?」

「うん、ほぼ毎日。それが固くて食べにくいんだ。でも言えなくて」


「あらら」


「お母さん、早く帰ってきてね」


へっぽこは頷いた。


「うん、大丈夫。絶対生きて帰るから」


そしてキャベツの千切りを教え直さねば。


しかし何より不安気な息子の顔が気になった。そりゃそうだ。へっぽこが死んだら、鬱で元気のないダンさんと二人になってしまう。何がなんでも生き残らねば。そんな思いから出た言葉だった。普段は「絶対」なんて口にしない。約束を破らないことを信条にしてたきたからだ。と言うのも、へっぽこの大好きな言葉は


「あら、私が嘘ついたことあった?」


だった。憧れの彼女に少しでも近付きたくて、出来ないことは出来ないと馬鹿正直に言ってきた。だからへっぽこ的にはかなり覚悟の上の言葉だった。もし死んでたら幽霊になって出てたかもしれない。それは迷惑だ。だから無事生きてられて良かった。


とまぁ、そんな決意を胸にその日は夕食をペロリと平らげて寝た。翌朝は絶食。暫く水も飲めない。緊張&興奮して眠れないかと思ったが、しっかり寝なければいかん、と根性で眠った。だって死んではいけないのだから。

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