第7話 手術会議で三竦み


病院の中庭で、手術するか否かの家族会議が始まった。


「イヤだ。手術なんか受けない」


にべもなく拒否るへっぽこの横で、ダンさんが「でも」とか「あのさ」とかなんとか呟いてる。ダンさんは声が小さい。そして心配症。

「手術して安心が確保出来るなら、その方がいいよ」


安心って何?安心なんてどこにもないよ。


へっぽこはそう思ってネジくれながら中庭に遊びに来ている雀を眺めていた。


「今のままだと心配で会社にも行けないし、息子くんもずっと学校休んでるし。手術してちゃんと検査して貰って大丈夫ってわかったら安心するから」




 うーん、と黙るへっぽこ。こういう展開になるのはわかっていた。


 ちょっとした風邪でも病院へ行こうと言い出すダンさんと、風邪なんか寝てりゃ治ると病院を拒否るへっぽことはいつも揉めてた。


 優しいんだけど、頑固で自分を曲げない父と、我儘で折れない母。そんな両親の間で中立の位置にいたのは息子だった。

 結果、息子はネゴシエーター(交渉人)になっていた。


「お母さん、手術した方がいいと思うよ」


さらりと言われる。

「え、何で」

「いや、面倒だから」


——面倒。


 何が面倒って、恐らくダンさんの機嫌&具合が悪くなるからだとへっぽこは察した。ダンさんはかなりの慎重派。石橋を叩いて渡るという言葉があるが、ダンさんは石橋を見ても近付かない&渡らないタイプの人。渡らずに済む方法があるなら歩く距離は気にしない。少しでも危険があるならば、国境を越えてでも川を渡らない道を選ぶ人。そして、彼は一度こうと決めると良くも悪くも揺るがない。そんなダンさんは鬱の薬を暫く前から服用していた。


へっぽこに重病の可能性があるならば、その可能性を減らすのが優先。そういう結論に達しているのだろう。そこに争いを起こすということは、確かに面倒しか起きる気はしない。




ダンさんは手術推進派。で、一応中立の立場の息子はと言えば、中学生ながら、いや中学生ならではなのかエビデンス派だった。科学的、数値的根拠の有り無しを優先する理論派。で、西洋医学と言えば、その集大成のようなもの。つまり手術推進派ということ。


2対1。圧倒的不利になったへっぽこ。


手術するしかないのか?




実は抜け道は病院の待合室やら受付やら、あちこちに貼り紙や何やらで用意されてはいたのだが、病院内で見猿聞か猿をし続けていたへっぽこには、その抜け道に気付かず、タイムアウトになっていた。


抜け道、それはセカンドオピニオンだ。でも、もしもう少し前にその言葉をちゃんと目にしていても、へっぽこにはセカンドオピニオンを受ける身体的、時間的余裕も金銭的余裕もなかっただろう。



へっぽこは倒れる半年程前に、自身にかけていた掛け捨て医療保険を解約してしまっていた。理由は、へっぽこの下手な投資と長年の自転車操業的な無理な財政収支により、家計が火の車になっていたからだ。ヤバイと思った時点で外にパートに出るべきだったと今なら思う。パートは在宅秘書の短時間労働よりは長時間働く分稼げるし、何より人と直接会って、体を動かすことにより、多少のストレス発散と何より運動が出来ていた筈。でもナマケモノのへっぽこはそれを避けてしまった。そしてやってきたXデー。


だけど、それもこれも全ては仏さまの掌の上だったのだろう。へっぽこには最初からこの道が用意されていたのだと思う。


 その後、「アガスティアの葉』の本などを読んだりして感じたことだけれど、人の一生はある程度計画されているように思う。そして、無意識のうちに人はそれを知っている。へっぽこは中高の時、普通の女子らしく占いにハマった。メインは頼まれて占ってあげたタロットの恋占いだったけど、手相も多少覚えた。


「あー、自分、大体○○歳くらいで死にかけるな。それ越えて、こっちとこっちにいけたら多少長生きしそうだけど」


自分の手の平を観てそう感じた記憶が、手術して暫くのこと。そう、つい最近になって蘇ったのだ。


「あれ?○○歳(手術した年齢)って、中学の時の適当な占いがほぼ当たってたじゃん」って。



何はともあれ受診時間になったので、主治医の先生の元に行く。


「ご家族でお話しされましたか?」


へっぽこは、はぁと曖昧に返事をして、

「手術したくないんですけど、どうしてもしなきゃいけないんですか?」


まだ足掻く。

「いや、決めるのは患者さんご本人ですけれど、見ていただいた通り、検査の結果からすると、このままだと、またてんかんで倒れてしまう可能性が高いのではと、云々かんぬん」


おっとりやんわりとながら、しっかり説明してくれる。信頼出来る先生だと思った。


 へっぽこはとりあえずダンさんを見た。


「手術、した方がいいの?」


ダンさんは強く頷いた。


「うん、やった方がいいと思う!」


 いつもは声が小さいのに、声に張りがある。何がなんでも押し通すぞという意気込みを感じさせるオーラまで出してる。


 息子をチラッと見る。息子もコクリと頷いた。


——だよね。

 という三竦みの中、決断、というかへっぽこ的には妥協をしなければならなくなった。


しょんない。(仕方ないの静岡方言)


へっぽこは腹を括った。

 やったろうじゃないの。ちゃっと手術受けて、ちゃっと元気になって、ちゃちゃっと退院してやる。


そうしてへっぽこは手術を受けることになった。


 その旨を伝えると、先生はカレンダーを見て言った。


「手術は基本的に毎週のA曜日とC曜日に行なってますので、この日かこの日で調整しますね。ご希望はありますか?」



A曜日とC曜日って、ゴミの収集日と同じじゃん。頭の中でそうツッコミながら

「じゃあ、なるべく早い方で」


そう答える。


 曜日ありきの予約制だなんて美容院みたいだなぁと思う。でもよくよく考えれば当たり前だ。執刀する先生も休日がないと倒れてしまう。ただでさえ、外来や救急で大変なのだ。

でもその時のへっぽこには、そんなこと考える余裕などなく、ひたすら自分のことだけだった。


結局、へっぽこの手術は翌週のA曜日となった。意外に早くやってくれるんだと、早く退院出来そうだとホッとするが、それも多分、へっぽこの状態が緊急を要すると見なされたからなのだろう。それはラッキーなのかアンラッキーなのか。

 いや、ラッキーだったと思っている。

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