第5話 ガンモドキは美味いが、癌もどきは美味くない
その後、担当してくれるという先生が二人、挨拶に来てくれた。二人?普通そんなもんなの?大病院って先生多いんだな、などと考える。でもよくよく見れば、一人はかなり若くてイケメンの先生。
「えーと、主治を担当させていただきます、U村です」
こんな若くて大丈夫?もしやまだ学生?」
と、年嵩の先生が前に出て来た。
「どうもK田です。U村先生はまだ研修中なので、私がサポートに入ります」
年嵩のK田先生はおっとりして優しそう。それに話しやすい感じでホッとする。
「これから幾つか検査を受けていただきます。それらの結果を見て、またお話しさせていただきますね」
検査ぁ?
私は三歩くらい後ろに引いた。検査は終わったんじゃないの?
実はへっぽこは、自営業なのをいいことに、自治体が推奨、というか、提供してくれる健康診断なるものを一回も受けたことがなかった。ママ友ランチでは、マンモがどーのドックがどーのと、年齢が上がると共に、美容より健康の話が増える。でも病院嫌いの私はそれには参加せず大人しく座っていた。
医者は癌治療を受けない。薬剤師は薬を飲まない。予防接種も可能な限り受けない。そういう裏話を聞いていたし、関連の書籍も結構読んでいた。ネットのダークサイドを徘徊しては陰謀説を読み漁り、早期発見や早期治療を促すのは、患者を増やして儲けを出す為だという説に賛同していた。
でも、今となってみると実際は何とも言えない。そこには両方のケースがあると思うから。実際に早期発見されて助かる人も多数いると思うし、あたしなんかは発見が遅れて大変な目に遭ったいい例なのかも知れない。
何はともあれ、ぶっ倒れてしまった以上、もうジタバタしても仕方がない。あたしはやむなく全ての同意書に了承サインをし、検査を受けることにする。とにかく大人しく言うことを聞いて検査をパスして、ここを脱出せにゃと腹を決めたのだ。どこまでも可愛くない患者である。
結果、別室に家族共に呼ばれて説明を受けた。
「えーと。頭のね、ここに黒い影があるんです」
食い入るようにpcのモニターを見つめるダンさんと息子。そして見ないように目を逸らしてるへっぽこ。超大人げない。
「はぁ」
曖昧に返事だけ一応する。
「これが右側の脳の半分くらいの大きさになっていて、これのせいで意識を失ったのではないかと思われます」
「はぁ。でもそれ、もどきなんじゃないですか?」
いや、もどきに違いない。だって普通に動けるし痛くも痒くもないし」
——もどき。
ガンモドキのことだが、勿論、食べ物のそれではない。癌もどき。
医者からしたら、下手な猿知恵をつけためっちゃ嫌な患者ナンバーワンだったろう。でもK田先生はとても大人だった。
「うん。そうだと思うんだけどね、念の為に手術してちゃんと確認した方がいいと思うんだ」
「ええっ、手術?」
「うん。ちょっと取ってみて、それが悪いものかどうか確認した方がいいよ」
ちょっと取ってみてって、なんか簡単に言ってくれるけど、そんな簡単なもんなの?
ちょっと取ってみると言われると、注射器を刺して少しだけ吸い取るようなイメージを連想するけど、今思い返すと、それも先生の限りない優しさだったのだろう。だって頭だ。それも右脳の中央にドデンと鎮座ましましてる大きな塊。注射器で、えいっと吸い取れるワケがない。
「えー、でもあたし嫌なんですけど!」
優しく穏やかに話を進めてくれようとする先生にあくまでも楯突く面倒なへっぽこ。
「まぁ、とりあえず数日、ご家族でよく話し合われてください」
そう言われ、へっぽこは入院ベットに戻された。そんなに緊急でなければ、一旦家に帰されて、また一週間後に外来から、となっていたのだろうが、へっぽこの脳の中の子は、かなり大きく成長してしまっていて、いつまた意識を失うか分からない緊急事態にあると診断されたのだろう。そして、それから本格的な入院生活が始まった。
病院の食事は美味しかった。元々好き嫌いはない。ただ、牛乳とヨーグルトは飲まないようにしていたので断った。食後に薬が出された。てんかん予防薬だという。
——え、てんかん?
てんかんって。ポケモンの?
それが、今もお世話になってる薬との最初の出会いだった。
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