第4話 告知の如何


翌朝、あたしは入院病棟に移動した。行き先は脳神経外科。上の方の階だ。そこのナースステーションから程近い、でも角っこの四人部屋の窓際の奥。


出産の時は六人部屋で、それも出口近くの真ん中のペットだったから、それに比べたら段違いに快適。おまけに窓からは日が入って来て、結構遠くまで見渡せるいい眺め。各ベットはピンクのカーテンでぐるっと仕切ることが出来て、視界的には一人になれる。これなら一週間くらい我慢してもいいかな、とほんの少し安心する。やがて看護師さんがナーコールの使い方とかお手洗い、洗面、談話室、公衆電話、テレビカードなどの説明をしてくれる。あたしはほとんどテレビを見ない。ドラマも大河くらい。あとは気になるアニメや映画を録画しておいて、後からまとめて観る派。だからテレビは不要。ダンさんがカードを買おうとするのを断って談話室に向かう。ソファーがゆったりと幾つか置いてあって、テレビ(ここのテレビは消灯時間以外は無料で自由に見られるらしい)と幾らかの漫画や本がある。そして窓際の小机の上には、モネの絵のような、白い柵に囲まれた西洋風のお庭の前に、黒っぽい猫がちょこんと座っているポストカード大の小さな額が飾ってあった。病院なのに、どこか落ち着ける雰囲気。それはあたしが猫好きだからだろうか。声には出さずに、よろしくねと猫ちゃんに挨拶する。


 そしてあたしは、この猫にも助けて貰うことになるのだが、それはまたいずれ。


さて、病室に戻ってダンさんが荷物を開け始めたら、看護師さんがたくさんの書類を持って現れた。


丁寧に説明してくれるのを、聞くように聞かないようにしつつ、あたしは並べられたヌイグルミ達を眺めた。これ、家にあるヌイグルミの半分近くを持って来てない?


それから大量の本。と言っても、ほぼ図書館で借りてた本だ。あたしは特に気に入った本以外は手元に残しておかない。昔からそうだ。長男にもかなりの量の絵本を読み聞かせたけど、その大半は図書館の本だった。手持ちしてたのは、あたしや弟妹が幼稚園で貰って、両親が大事にとって置いてくれたン十年ものの「こどもの友」の薄い本数十冊。それを段ボールに入れて今も大事に保管してる。ばばばあちゃんとか、ぐりぐらとかだるまちゃんとか。これは将来、長男が結婚して子どもが生まれたら読んであげたいなと思って捨てられずにいる。古くて嫌だと言われるかもしれないけど。ま、その時はその時。息子に任せよう。


というわけで、大量にあたしのベット脇に並べられたヌイグルミと本。


別にいいんだけど、長居するつもりないんだけどなぁ。


なんて、ボーッとしてる間に書類の説明が進んでる。

「どうしましょう?奥さま署名出来そうですか?もし難しかったら旦那さまでも」


看護師さんの言葉に、ダンさんが自分が書くとペンを受け取るのを見て、慌ててあたしは立ち上がった。

「あ、あたし書きます!書けます!」


「いや、休んでていいよ。僕が書くから」


そう言われるけど、別になにも疲れてないし、あたしはダンさんからペンをひったくるようにして書類に向かった。


だって書類関係は、いつもあたしが全部前に出て処理してた。引越しから結婚式から旅行の手配から妊娠出産、確定申告。だって秘書だし。だからダンさんは自宅の電話番号や郵便番号をちゃんとは覚えてなかった。


サラサラとペンをはしらせながら、ふと手が止まる。それは意思表示についての項目だった。


病名の告知を望むか否か?


あたしは一瞬手を止めたけど、

望まない、に大きな丸をつけた。


だって、へっぽこだから。見たくない聞きたくないものは無かったものにする。そうやってきた。だから今回もそうした。それが良い方向にいくかどうかはそれぞれの性質によると思うけど、あたしの場合にはそれで良かった、と思う。

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