第3話 入院ベッドに空きはなし
とにかく、現状でわかるのは、救急搬送されて意識が戻るまでの間に、なんか検査(恐らくCT)された結果、こりゃいかん。精密検査せにゃ、となったということなのだろう。
そしてあたしは、その救急搬送室のすぐ近くの狭い小部屋に入れられた。
というのも、該当の科の入院ベットが空いてないという。
空いてないなら帰らせてよ。そう願うへっぽこだが、それを無視して話は進む。
「お手洗いはこちらですよー。フラつきませんか?」
看護師さんが優しく声をかけて付き添ってくれる。逃走も出来ない。
でも、そのお手洗いから戻る時にチラッと辺りに目を走らせると、向こうの方に、いかにも救急病院的な感じの集中治療室らしきもの。明かりがついて透けて見える窓の向こうからは、慌ただしく動く人の影と切迫した雰囲気が伝わってくる。
——い、いやだぁ。
もう意識戻って元気に歩けるんで、やっぱり家に返して下さい。
そう言いたいたいけど、なんか頭はクラクラするし、お財布もケータイもなく手ブラ。看護師さんに言われるがままにペットに戻るしかない。ダンさんは暫く看護師さんと話をしていたけど、サッと戻ってくると
「大丈夫だからね。荷物取ってくるからちょっと待っててね」
そう言って息子と一緒に帰ってしまった。
——いやいや、大丈夫じゃないよ。ちょっとここ怖いよ。なんなのよ。
でも、口を挟む間も気力も足らず、どうしようもない。
遠ざかる二人の背を見送ってから、何が起きたのか、今日の記憶を改めて辿り初める。
—うーん、今日は確かにダンさんの部屋でpcに向かって仕事してた。そう、ちょっとばかりややこしくて時間かかりそうだから急いでた。お茶飲む間もお手洗いに行く間も惜しんでせっせと。だって社長は細かい所のチェックが厳しい人なのだ。それを何とかかいくくって終えて業務報告したら息子の昼の用意と買い物、夕飯の準備しなきゃ。でも眠いなぁ。ちょっとだけ仮眠しとこうか
あ、そうか。もしかして、ここの所の睡眠不足が祟って仮眠してる時に息子が帰ってきて、あたしが倒れたと誤解したんじゃないかしらん?つい先月〆のものがあったから、半徹夜で仕上げたり、ここの所慌ただしかった。メールとかの返事もしなきゃだし。
そっか、あたしは眠ってただけなのか。それを息子が慌てて救急車呼んじゃったんだ。
うん、そうに違いない。
一先ずの決着を無理矢理につけたへっぽこは、諦めてベットに横になった。だって他に出来ることないし。
うつらうつらしてたらダンさんが一人戻ってきた。なんか大きな荷物を抱えてる。それ、旅行用のボストンじゃん。よくダンさん出せたなぁ。いつも旅行の支度はあたしに任せきりなのに。
「息子君にはごはん食べさせてきたから大丈夫。今日は僕もここに泊まるから」
え、泊まる?でも狭い小部屋だから、ベットは一つしか当然ない。ダンさんは椅子を借りてそれに腰掛け、抱えてきた大きな荷物を開け始めた。
「はい、御守り」
そう言って先ず最初に取り出したのは、猫のヌイグルミだった。
ダンさんは魚座のロマンチストだ。
いや、あたし子どもじゃないんだけど。大体あたしがこれ持って寝てたら看護師さんたち、皆引くよ。空気読もうよ。
でも、ニコニコと純な顔でベット脇に猫のヌイグルミを並べていくダンさんに、異を唱えようという気持ちは萎えた。
こういう人なのだ。良くも悪くも。
それでも、この救急で逼迫した状況ながら、一緒にいてくれる人がいてくれる。それは泣きたいくらいに有り難かった。
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