第2話 精気を与える

 久しぶりに家族全員が揃った。各自の椅子に座って夕飯を食べ始める。

 母親はカレーにスプーンを差し込んだ状態で手を止めた。

「それにしても凄い食べっぷりよね」

「食べ盛りで説明が付くのか?」

 隣にいた父親も怪訝けげんな表情で言った。

 二人の視線を物ともせず、光はカレーを食べる。両親の物とは違って上に大きなトンカツが横たわる。切れ目から薄いピンク色が覗き、程よい脂で光っていた。

 スプーンの先端でトンカツの切り身を半ばで切断。下のカレーと共に掬い上げて一口で食べた。唇に付着したルーは親指の腹で寄せて舐め取る。

 山盛りのカレーをひたすら食べる。程よい加減でかたわらのビアジョッキを掴む。並々と注がれた牛乳をゴクゴクと飲んだ。見ていた両親は胸焼けを起こしたような顔で揃ってサラダに手を付けた。

 光は全てを平らげた。両親はほっとした顔で自分達のカレーを味わって食べる。

「おかわり」

 差し出された大皿を見て母親は、え、と間の抜けた声を出した。

 父親は食べる手を止めて訊いた。

「そんなに食べて大丈夫なのか?」

「まだ余裕があるよ」

 にこやかな一言に父親は眉根に皺を寄せた。

「太っても知らないからね」

 母親は大皿を受け取った。渋々といった様子で立ち上がる。

 その間を利用して光は後ろに大きく仰け反った。背後にいた拓馬と目が合う。

「ありがとう」

 一言の感謝を口にして拓馬は微笑み、顔を近づけてくる。光は恥じらいを見せつつも唇を僅かに開いて待ち受けた。

「こんな姿で言うことではないと思うんだけど、体調がとてもいいよ。全て君のおかげだ」

「いつまで伸びをしている。行儀が悪いぞ」

 父親の声を受けて光は真顔となって姿勢を正した。そこに新たな一皿が運ばれてきて早々と食べ始めた。


 夕飯を終えた光は自室で困ったような笑顔となった。扉と拓馬を交互に見て口を開き掛けては直後に閉じた。

 気付いた拓馬はさりげなく目を合わせる。

「僕はここに残るから安心していいよ」

「……私と離れても平気なの?」

「たぶんね。今も力が流れ込んでくる感じだから」

 聞いた途端、光は部屋を飛び出した。トイレで用を済ませると急いで自室に駆け戻る。拓馬はにこやかな顔で、おかえり、と口にした。

 安心した光は着替えを持って風呂場に向かう。誰も入っていないことを耳と目で確認して衣服を脱いだ。近くの洗濯機に丸めて投げ込む。

 その時、右腕の上腕に目がいった。糸のように細い切り傷の痕が薄っすらと見える。隈笹くまざさの群生地に不用意に突っ込んで負ったものだった。身体をよく見ると打ち身や細かい傷が数にして二桁に上る。

 その事実を光が悲しむことはなかった。どこか誇らしげな顔でボディタオルを手に浴室へと入った。

 バスチェアに座って一通り洗い終わると湯船に浸かる。両足を伸ばして浴槽の縁に後頭部を載せた。のんびりとした時間に身を委ねる。

「生き返る~」

 自然に出た言葉に光は表情で驚いた。瞬時に頭を起こして湯面に揺らぐ腹部を目にした。出っ張っているように見えない。掌で触ってみた。

「あんなに食べたのに……」

 精気を吸い取られていることを改めて自覚した。その恩恵を受けた拓馬は消えそうな状態から持ち直した。意識がはっきりして表情も豊かになった。

「生き返る?」

 魂の器となる肉体は失った。遺族によって荼毘だびに付されていることは容易に想像できる。今は精気を糧に霊体としてこの世にとどまっていた。

 光は両手で湯を掬って何度も顔に掛けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る