第42話 Can be together again

 今朝の喧騒がようやく落ち着くと、静けさを取り戻した夜の会社で書類の整理をしていた陽一は、手を止めるとネオンが光る夜色に視線を動かした。


 陽一に対する噂は、バイセクシャルの陽一が婚約者を事故で亡くした美緒をたらし込み、社長の座を奪った事に集中していた。そのため、美緒や子供達の出生に関しては一切触れておらず、逆に被害者扱いされていたため、陽一は少し安堵した。


「僕が悪者のままで、鎮火してくれたらいいけど ・・はぁ」

 この先、矛先がどこに向くか分からない。陽一は、美緒、美来、悠人、そして直人の笑顔を頭に浮かべる。

「もっと強くなって、守らないと」

 唇を噛み締め、街の夜景の更に遠くを見つめた。

 静まりかえった社長室に携帯からの着信音が響き渡る。


「もしもし、陽さん!」

 陽一が応える前に、直人が陽一を憂うる声が受話器から聞こえた。


【愛おしい声。これがあれば俺は大丈夫】


「直 ・・」

「陽さん ・・大丈夫?」

「うん。直の声で元気が出た」

「陽さん ・・僕悔しい。陽さんの事、何も知らない癖に、あんな嘘ばかり並べて」

「直が、俺の変わりに怒ってくれたから、もっと元気が出た。ありがとう」

 直人には顔を見なくても、陽一の疲弊しきった姿が目に浮かんだ。


「陽さん ・・今どこ?」

「ん? 会社。家族に迷惑を掛けれないからね。暫くここに泊まるよ。美来がお外に出れないって怒ってた ・・可哀そうに」

「陽さん ・・僕、陽さんに今すぐ会いたい ・・ちゃんと励ましてあげたい ・・ダメなのは分かってる。今は大変な時で、僕が行ったりしたら火に油を注ぐようなもんだってことも。でも会いたい」

「直 ・・ありがとう。気持ちは嬉しい ・・でもほら、田所さんにも悪いしね」

「圭が、陽さんに電話しろって言ってくれたんです。朝、会いに行こうとした僕に助言してくれたのも圭」

「田所さんが ・・優しい人だね」

「はい。それと、圭は僕の陽さんへの想いも許してくれた」

「・・直」

「陽さん、僕 ・・今でもあの時と変わらぬまま ・・貴方の事を愛しています」

 陽一は、この8年間の努力が全て、直人の言葉によって報われた気がした。

 目に溜まった涙のせいで、先程まで眺めていたネオンの光が歪んで見える。

  直人と別れたあの日以来の涙。


「陽さん? ・・ごめんなさい。こんな時に僕の気持ちを押し付けて ・・貴方は数え切れない程の責任がある立場なのに・・」

「直 ・・直 ・・君は俺が欲しい言葉を一番欲しい時にくれる・・」

「だったら ・・良かった」

「直 ・・俺、父と母に直の事を話したんだ。心に決めた人がいるって ・・それが病院だったから、多分誰かに聞かれてマスコミにリークされたんだと思う」

「陽さん ・・それって」

「直 ・・俺もあの頃と同じ気持ちだよ ・・心から君を愛してる」

 電話の向こうから、直人のすすり泣く声が耳に届く。

「・・・・陽 ・・さん。僕 ・・僕、今日一日不安で ・・このまま陽さんと、もう会えなくなったらどうしようとか ・・酷過ぎる噂に陽さんが心配で ・・なのに僕は何もしてあげれなくて ・・いつだって陽さんが苦しい時に、貴方の傍にいない ・・そんな僕なのに ・・陽さんが、まだ僕の事を、愛してくれて、本当に嬉しい」

 直人は、陽一と過ごせなかった8年分の憂いを吐き出すと泣き崩れた。


「直は、俺にとってどんな時でも心の支えだったよ。俺が強くならないとって、今まで頑張ってこられたのも、直のお陰だから」

「陽さん」

「直・・ 実は、明日、株主総会があってね ・・俺、多分、首」

「圭が危惧してました ・・でも圭が嘆願書つくって、YFAの仲間や社員の署名集めするって言ってました。だからきっと大丈夫です」

「そんな事を ・・田所さんにも本当に迷惑を掛けたんだね。正直社長の席に未練はないけど、YFAや直のコラボの事は心配でね。でも田所さんには、あまり無理をしないように言って。とびっちりを受けたらいけないし、俺が存続できるように掛け合うから」

「陽さん・・ 大丈夫です。きっと大丈夫」

「直がそう言うなら、きっと大丈夫だね ・・明日、総会が終わって落ち着いたら直の所に行ってもいい? 何時になるか分からないけれど」

「陽さん ・・はい、何時でも、ずっと、待ってます」

「今度、美来と悠人にも会ってね。きっと直の事を気に入ると思う。絵を教えてくれると嬉しいな ・・それと妻、美緒もきっと直に会いたいと思う ・・お墓参りって意味だけどね」

「陽さん・・」

「悠人って名前ね、美緒が付けたんだよ」


 ―回想-

 美緒の病室で彼女の着替えを持ってきた陽一が、引き出しにそれ等を収納していると、美緒が目を覚まし陽一に話掛けた。

「陽一。来てたんだ。着替えありがとう」

「あ、起こしちゃった?」

「今ね、夢を見たの」

「どんな夢?」

「陽一の隣で笑ってる彼」

「え?」

「陽一、全然彼の事を話してくれないから、顔はのっぺらぼうだったけど。フフフ」


 美緒はいつも愛おし気に、楓馬の事を陽一に話した。陽一は、会う事の叶わなかった自分の兄について知るのは嬉しかった。一方で、陽一は、決して直人の事を美緒に話さなかった。楓馬と違い、生きている直人について語るのは、まるで過去の人にしてしまうようで嫌だったのだ。


「ねぇ~ 陽一の想い人の名前だけでも教えて」

「直 ・・直人だよ。素直な人って書く」

「なおと ・・素直な人。綺麗な響きね ・・きっと素敵な人なんだろうね」

「うん」

「じゃあ、この子の名前、直人さんから一文字貰って付けてもいい」

 病に倒れやせ細りながらも笑顔を絶やさない美緒が、大きく膨らんだお腹を摩りながら告げた光景が、陽一の脳裏に蘇った。


「美緒にも忘れられない人が居てね。彼女は俺達の事を同志って呼んでたけど、ディライトンに入社してからずっと困難な時に助けてくれたのは彼女だけだったから、俺にとっては戦友みたいな人だったよ」

 

 直人は、陽一から初めて聞く美緒との関係に、なぜか心が癒された。そして、陽一の美緒に対する思いはきっと、直人に向ける愛とは違い彼が例えるように戦友であり心の友だったのだろう

「良かった」

「え?」

「美緒さんっていう陽さんの強い味方がいてくれて。本当に良かった」

「直」

「陽さん ・・明日、ずっと待ってます。だから、会いに来てください」

「うん、分かった。楽しみにしてるね」

「僕も楽しみです」


 お互いの気持ちを確かめ合った二人は、今すぐにでも会いたい思いで一杯だった。そのため、電話を切る事すら躊躇ってしまう。しかし、明日から再び共に過ごせる喜びを胸に、今夜はここまでにした。

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