第43話 Shareholders

 定例の株主総会では、取締役社長である陽一が議長を務めていたが、今回は副社長である省吾が議事運営を進める事になった。

 この日、突然の臨時総会であったにもかかわらず、75%の株主が集まり、入院している結城会長と蒼乃もリモートで出席し、陽一の解任決議が行われることになった。

 省吾が機嫌よく尚且つ端的に今回の決議について説明した後、株主からの質疑応答に陽一が応じた。

 陽一が社長として残した業績を誰一人として称えることなく、ただひたすらゴシップについての質問ばかりだったが、陽一は一つ一つ真摯に答えた。しかし、彼の言葉は、噂とは異なるため会場は不信感で溢れかえる。その時、一人の女性が耐え難い様相で声を上げる。


「そんな下らない噂話じゃなくて、結城陽一が社長として相応しいかを決める場じゃないのか、副社長さんよ」

「万里江さん ・・いや、小野田さん。しかしながら、低劣な噂によって我社が甚大な被害を被ったのは事実です。それに、陽一 ・・結城陽一のプライベートな件についても、一流ホテルの名を汚すものです」

「低劣? 今の時代、誰が誰を好きになろうと自由だと思うがね。陽一君は、誰かさんがつくった負債の尻拭いをし、立派に経営を立て直した。私達には思い付かないような発想で、このディライトンを活気付けている。名を汚すどころか、どんどん知名度が上がっていると思いますよ」

「小野田さん、ですが・・貴方の姪御さんも被害者なのですよ」

「美緒がか? そんな話、美緒から何も聞いていない。むしろ、陽一君には感謝しているよ。颯馬君を失った時、私はあの子の笑顔をもう見る事はないと思った。でも、陽一君と一緒になってからは、生き生きしている姿しか覚えていない。とてもあれが演技だったとは思えませんがね ・・そうだろ? 幸助」


 美緒の話を振られた榊幸助は、ハッとする。姉の万里江が言うことは正論だったからだ。美緒の悲しい姿など見た事がなかった。そして、常々彼女が言っていた言葉を思い出した。

『パパだけは、何があっても陽一の味方でいてあげてね。何があってもよ。約束だから』

 当時は、可笑しなことを言うと、さほど気にも留めていなかったが、今、娘が残した言葉の意味を理解した。


「そうですね。美緒はいつも幸せそうでした。被害者なんて、とても見えませんでした。それに、私も陽一君は社長として素晴らしい仕事をしていると思います」

「それと、蒼乃さん、貴方幸せだろ?」

 突然、あまり親交のない万里江に話掛けられた陽一の母、蒼乃は、画面越しであっても、万里江からの威圧感に言葉を詰まらせる。

「陽一君は、親孝行だと思わないのかね」

「そ・・それは」

「ま、ここに今日座ってる人は、皆ただの野次馬だろう。だったら、世間の反応がどうなっているのかご存知ですよね? 女性達は集って陽一君の味方ですよ」

「何言ってるですか、こいつはバイセクシャル ・・いやゲイですよ。女性の敵でしょうが」

「はぁ―― もう少し世間の動向を勉強しなさい。今日からホテルもプラザも大盛況になりますよ」

「そんなバカな」

「逆に、陽一君を首にでもすれば、それこそ性差別だ何だと、世の中から非難を浴びることになる」

「何を訳の分からない事を。そんな事になるはずがない」

「私はね、ゴッドにバナナや翼を愛す貴腐人なんだよ」

「へ?」

「ん?」

「は?」

 真剣に万里江の弁論に耳を傾けていた株主達の頭上に?マークが浮かぶ。

「同性愛の何が悪い。許されない愛、美しいじゃないか。それにね、陽一君が一途に誰かを愛しながらも同性ゆえに諦め、政略結婚で一緒になった妻の心を癒しながらが、必死に社長として頑張る姿、しかも孝行息子ときた。なんて萌えるのかしら。だからだよ、暫くプラザとホテルに、わんさかと腐女子が集まるはず、陽一君を支えるためにさ」

「さっきから ・・意味が分かりません」

「省吾、さっさと決議を取りなさい」

 万里江の言葉に聞き入っていた省吾は、父喜久の指摘で決議を取ろうとする。

「私は大反対だからね」

 万里江の反撃で、その場の空気は一転、皆それぞれに陽一の功労を振り返り賛否を決めた。


 総会からの帰り際、参加者に頭を下げる陽一に万里江は近づいた。


「小野寺さん ・・いや、万里江おばさん、今日は、本当にありがとうございました」

「美緒がね、生前私に陽一君の事を気に入るって言ってたんだよ。だけど、アンタは真面目で退屈な男だと思っていたから、美緒を理解していなかった。まさか、こんな隠し玉を持っていたとはね」

「美緒がそんなことを」

「陽一君、これからも頑張ってね。私も美緒も応援してるから。それから、その坊や私にちゃんと紹介してね。陽一君の想い人、是非会ってみたいわ」

 そう告げると、爽やかな笑顔で万里江はその場を後にした。


 陽一は、全ての参加者が退場するのを見届けると、疲れた身体を一つの椅子に収める。すると、柏木始め、数名の部下が会場に入って来た。

「社長! 聞きました! 本当に良かったです」

「柏木君、皆にも迷惑を掛けて本当にすみませんでした」

「迷惑だなんて、何があっても僕は社長に付いていきますから」

「柏木さん、辞表用意していたんですよ」

 陽一は、皆の顔を嬉しそうに眺めながら立ち上がると頭を下げた。

「これからも、どうぞよろしくお願いします」

「はい!」

 陽一は、部下たちと会場の片づけをすると社員達の前で総会の報告をした後、社長室に戻った。そして、心配しているだろう直人に、1秒でも早く今日の結果を知らせてあげたいと思い携帯を手にする。その瞬間着信を知らせる振動が起こる。

 一瞬直人だと思い心が躍ったが、別人だと分かると少し声のトーンを下げて応じる。


「もしもし、副社長。先程は、お疲れ様でした」

「陽一か。うん、お疲れ様。いや~ 何か勘違いをしていたら困ると思って電話したんだよ」

「勘違いとは?」

「僕が君を辞めさせようと企んでたとか、思われたら心外だからね」

「いえいえ、全て僕の身から出た錆ですから。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

 陽一の謝罪の言葉に電話の向こうの省吾は唇を嚙んだ。

「実はね。陽一にお願いとお誘いがあるんだ」

「何でしょうか?」

「親父が自分の車で来たくせに、運転をして帰りたくないって我がまま言うのでね、僕が親父の車で家に送ったんだよ。だから僕の車まだ会社なのでね、悪いのだけど運転して僕の家に来て貰えないかな?」

「あ、はぁ」

「鮫島君は今、僕の知人を自宅まで送り届けてくれてるけど、その後、陽一を迎えに来てくれるから帰りは心配しなくていい。それと、僕の家で今日のお祝いもしたいしね」

「お祝いですか?」

「そう、陽一の社長留任の祝いに決まってるだろ」

 今までかつて、省吾が好意的に陽一話し掛けたことは無かった。しかも、陽一の社長留任を祝ってくれるなんて、想像すらしたことがない。

 陽一は、省吾のあまりの変化に驚いたが、総会での万里江や幸助の陽一に対する評価に、省吾も思うところがあったのかもしれないと、少し嬉しくなった。

 陽一は、今すぐにでも直人に会いに行きたかったが、これからも社長として働くには省吾達との関係も大切だと考えた。


「あ、有難うございます。是非伺います。では省吾さんの車を自宅まで運べばいいんですね?」

「そう、悪いね。あ、ちなみにVIPの駐車場に停めたんだよ。ほら、今日は役員の所は総会に参加する人が停めるかなぁって思ったからさ」

「分かりました」

「じゃ、後でね。美味しいシャンパン用意しておくから」

「はい、楽しみにしてます」

 陽一は、やっと省吾に少し認められた気がして心底嬉しかった。家族が少なく陽一にとって、省吾は従兄なのだ。実の兄には会えなかったが、省吾とは上手く付き合っていければと期待してしまう。

 陽一は、直人に総会の事、そして省吾が初めて自宅に招待してくれた事を、興奮気味に報告した後、省吾に指示された通りVIP駐車場に向かった。


 

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