第41話 Bad call
陽一が真実を亮平と母に告げたことを知らない直人は、アトリエに籠り2つ目の復帰作に取り掛かっていた。
直人が少し休憩をしようと思い立ち上がった時、直人の携帯から着信音が流れた。
「もしもし、圭」
「直人! 今どこ?」
「え? アトリエだけど」
「その様子じゃまだ知らないね ・・結城社長が大変よ!」
「大変って、何? 怪我でもしたの?」
「とにかくテレビつけて。早く!」
直人は慌てて家に入ると、圭に言われた通りテレビの電源を入れる。
テレビ画面には見覚えのある建物の入口が映っており、リポーターが何かを話していた。画面は、スタジオのコメンテーター達に切り替わり、彼等が1つの話題について論議を始める。
「圭、テレビの何を見るんだ。陽さんとは関係ない・・」
そう言い掛けた直人は、先程の建物がディライトンホテルだと気付く。そして、テレビの見出しを見るや座り込んだ。
【ディライトンホテルのイケメン社長はバイセクシャルだった】
【長年心に秘めた男がいたが、社長の席に座るため偽装結婚か】
「何これ? 圭、どういう事? こんなの全部デタラメだよ」
「うん。分かってるよ、直人。でもね、世間はそうは取ってない。結城社長、辞めさせられるかも」
「何で! 何にも悪いことしてないのに!」
「僕も聞いた話だけど、結城社長って若手社員には好かれているけれど、幹部達の中には疎ましいと思う人が多いみたい」
「どうして?」
「愛人の子供だからよ」
「そんな」
「結城会長の息子、すごく良くできた人だったみたいで、皆は彼が社長になれば会社は安泰だって思ってたみたい。でも、彼が事故で亡くなったら突然会長の昔の愛人の子供が現れて、亡くなった息子が継ぐはずだった社長の地位だけでなく、彼の婚約者まで奪い取ったって誹謗されて、結城社長が入社してきた時は、虐めみたいなのに合ってたみたい」
直人は、二人が別れた後、そんな厳しい環境に身を置いていた陽一を想像すると、身を切る思いに襲われた。
「YFAの事も随分と反対されてね。僕も何度か役員会議に同席したけど、毒舌の巣窟だったの覚えてる」
「だから、この機に辞めさせるつもり」
「多分ね ・・とりあえず僕はYFAのメンバーで嘆願書を作る。結城社長を支持する社員も大勢いるから、その人達にもあたってみる。直人は、今晩にでも結城社長に電話してあげて。彼の支えになれるのは、貴方しかいない」
「圭・・俺、今から行かないと、陽さんの傍に居ないと」
「今は止めた方がいい。マスコミにでもバレたら拍車をかけるだけだよ」
「そんなに大変なのか?」
「うん。今朝からホテルだけじゃなくて、プラザも大騒動。ビジネス妨害だよ、全く」
「・・陽さんが心配だよ」
「気持ちは分かるけど、結城社長だって、今は対応に追われて大変だろうから、落ち着いた頃に直人の声を聞かせてあげたら、きっと喜ぶと思うよ」
「うん、分かった。圭、ありがとう」
直人は、電話を切った後も、未だテレビから流れる陽一に対する誹謗中傷に苛立ちを覚えた。
ディライトングループ本社では、朝から鳴りやまぬ電話の対応に追われており、陽一は部下全員に何度も詫びを入れていた。自分の私事で会社に迷惑を掛けたことに心苦しい限りだった。
そんな陽一に部下達は、嫌な顔をひとつせずいつもと変わらない態度で接した。その事が、尚一層、陽一を自責の念が襲う。
だが、後悔はしていなかった。むしろ、自分の中で長い間燻っていた直人への想いに、やっと火を熾せた気がしていたからだ。
陽一が社長室に戻ると美沙が待っており、社長室のドアを後ろ手に閉めるや否や、美沙が陽一の頬を叩く音が部屋中に鳴り響く。
「陽一君、失望したわ。ここに書いてあることは全部本当なの?! 私は信じていたのに ・・やっぱり、皆が正しかったのね。社長になるために、お姉ちゃんを利用したの?!」
美沙は手に持っていた雑誌を、陽一の胸に押し付けた。
「ごめん、本当にごめん」
「どうして、謝るの ・・言い訳してよ! 全部嘘だって言ってよ! 陽一君の馬鹿!」
悲痛な叫び声を残して社長室を後にした美沙は、社内の廊下を駆け足でエレベーターに向かう。その途中、誰かに呼び止められた。
「美沙ちゃん」
「省君」
美沙は、慌てて涙を拭いながら応じる。
「大丈夫かい?」
「うん」
「陽一の野郎 ・・あんなくだらない男のせいで、会社は大変な事になってるよ。ま、それも今日までだけどね」
「どういう意味?」
「明日、急遽株主総会を開く事になってね。陽一は社長を解任される」
「・・・・」
「そうそう、今から親父のところに食事に行くんだけど、良かったら美沙ちゃんもどう?」
「あ、ありがとう。でも、私はパパと話しがしたいから・・」
「そっか。幸助おじさんもきっとお怒りだろうね。迷惑を掛けて申し訳ないって伝えておいて」
「分かった。じゃあね、省君」
「うん、バイバイ」
美沙を見送った省吾は、頬が緩むのを止められずにいた。
上等のシャンパンを抱えた省吾は、ご機嫌で父親である結城喜久の家に到着いていた。
「お~ 省吾来たか」
「親父~ 前祝いにさ、久々にドンペリなんか買ってしまったよ」
「私もキャビアを手に入れたから、ちょうどいい。さすが次期社長だな」
「あははは」
「あはは」
二人の高々な笑い声が喜久の家に響き渡る。
「明日、株主の皆、陽一の解任に賛成してくれるよね」
「まぁ、今の株主の顔ぶれで陽一に味方する奴など居らん」
「大株主の亮平叔父さんは、今回の事でかなり怒ってたから間違いなく賛成するよ」
「万里江さんも10%保有しているが、70近い年寄りだ。同性愛者など論外だろ」
「万里江さんって確か幸助おじさんのお姉さんだったよね。だったら、姪があんな屈辱を受けていたんだ、間違いなくこっち側」
「そうだな。幸助さんも10%持っているが、絶対に陽一を庇いはしないだろう。私と省吾のを合わせれば過半数近い」
「陽一に株を持たせてなくて正解だったね」
「ああ。それに我社の株主は年配者が多い。おまけに平日の昼間に来れるような人は隠居者だけだろう」
「だったら、バイセクシャルなんて存在すら許さないんじゃない?」
「だろうな。私も同じだ。気色の悪い」
「じゃあ、間違いなく明日、陽一は首だね」
「ああ、省吾やっとお前の時代が来たな」
二人は、不敵な笑みを浮かべると、シャンパンで乾杯をした。
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