「朝は驚いたなぁ。皆の前であんな大胆な告白を受けたのは、流石に初めてだったよ」

「ごめんなさい。焦ってて、つい」


 昼休み。みぃは改めて霧矢くんと校舎裏で相対していた。

 朝の一件は、気が逸って失敗しちゃった。霧矢くんは「いいよ」と二つ返事をしてくれたけど、その瞬間周りの女の子達が大絶叫。みぃは彼女らに詰られるし、阿鼻叫喚の大騒ぎになっちゃった。

 結局、そのまま始業時間が来てお開きになったんだけど、みぃの去り際に霧矢くんから「この話は、改めて昼休みに」って、場所の指定と共に伝言を受けた。――そうして、今。


「ううん、嬉しかったよ。来夢さんは、俺に興味無いんだと思ってたから。いつも、話し掛けようとしても西条さいじょうさんの後ろに隠れられちゃってたし」


 霧矢くんは爽やかな笑顔を浮かべて言った。ちなみに、西条は凛世ちゃんの苗字だ。


「でも、ごめんね。俺今は誰とも付き合う気は無いんだ」

「みぃも、別に付き合う気はないの。ただ、一回だけキスをしてくれれば、それでいいの」

「思い出に、ってやつ? ロマンチックなんだね、来夢さん」


 霧矢くんは、感心したように自身の顎をさすった。それから、微笑んで告げる。


「――いいよ。目を瞑って」


 とうとう、この瞬間ときが……!

 霧矢くんが噂通りの軽さで助かった。言に従って、みぃは瞼を閉ざした。途端、視界が暗闇に覆われる。

 わ、なんか……緊張する。見えない代わりに、他の感覚が鋭くなる。近付いてくる霧矢くんの気配。息遣い。ふー、ふーってやたら大きく聞こえる。ヤダ、なんか……怖い。

 不安になって、そっと薄目を開いた。いきなりドアップで相手の顔が映り込んできた。毛穴までくっきり見えちゃうような距離。生温い吐息が掛かり、背筋がぞわりと粟立った。


「やっぱ、無理!!」


 ドンッと、思い切り突き飛ばして、一目散に駆け出した。

 霧矢くんは驚いて固まっていて、追っては来なかった。



   ◆◇◆



 逃げた先で、今度は霧矢くんファンの女の子達に捕まった。


「あんたさぁ……どういうつもり?」

「霧矢くんは皆のものなんだよ! 抜けがけしてんじゃねーぞ!」

「ちょっと可愛いからって、調子に乗ってんじゃねーよ!」


 ああ、またか。実は、今日はこれで何度目か。朝の件からすっかりロックオンされちゃったみたい。もう、げんなり。


「皆、落ち着いて。みぃが可愛いのは事実だけど、妬かないで欲しいの」

「はぁあ!? 何コイツ!? むっかつく!!」


 女の子が手を振りかぶるのが見えて、反射的に目を瞑った。だけど、身構えても予想した衝撃は訪れず、不思議に思って目を開くと、女の子の手を掴んで止める凛世ちゃんの姿があった。


「凛世ちゃん!」

「……何やってんの」


 凛世ちゃんがぎろりと睨め付けると、女の子達はたじろいだ。「別に」と、バツが悪そうに視線を逸らして、「行こう」と、各々背を向けて去っていく。みぃは、ホッと安堵の息を吐いた。


「ありがとう、凛世ちゃん! 助かったの!」


 飛びついて、ハグをした。凛世ちゃんはまた呆れたように溜息を吐いて片手で頭を抱えた。


「アンタも、何やってんの。あんな言い方するから余計反感買うんでしょ」

「えー、だって事実だもん」


 みぃは、頬を膨らませて唇を尖らせた。

 ――男の子は苦手。女の子には嫌われる。

 みぃは昔からそうだった。ふわふわの天然ウェーブの髪。睫毛の長い大きな瞳。人形のように整った顔立ち。肉感的な造形美。誰もが振り返るような美少女。

 だからこそ、異性には下心で持て囃され、同性には疎ましがられた。――だけど、凛世ちゃんだけは違った。


 あれは、小学三年生の頃。初めて凛世ちゃんと同じクラスになった時。

 みぃは男の子にモテるからという理由で、相変わらず女の子達から村八分みたいな扱いを受けていた。


『来夢さんって、男好きだよね』

『みんなでシカトしようよ』

『来夢さんとしゃべっちゃダメだよ!』

『西条さんも来夢さんのこと、ムカつくよね?』


 同意を求められた凛世ちゃんは、しかし、こう言った。


『くだらない。だれかを悪口でこきおろさない分、その子の方がアンタ達よりよっぽどマシなんじゃないの?』


 女の子達はカンカンに怒って凛世ちゃんも一緒にハブるようになっちゃったけど、凛世ちゃんは元々自分から好んで一人で居るタイプだったし、全く堪えていないみたいだった。

 同調圧力に屈せず、凛然と己の信念を貫き通す――そんな孤高の美しさに惹かれて、みぃは凛世ちゃんのことが大好きになった。


 その日から、鬱陶しがられても執拗に凛世ちゃんに付いて回って絡んで、強引に友達にして貰った。それからは中学も高校も同じ所に通って、ずっと傍で、誰よりも近くに居た。

 みぃには、凛世ちゃんが居れば、それでいいの。……それだけで、いいのに。


「で、キスとやらは出来たの?」


 凛世ちゃんの問いかけに、みぃは首を左右に振った。


「ダメだった……」

「そう……」

「でも、まだ時間はあるから。諦めないよ! 放課後に、何とかしてみせる!」


 凛世ちゃんと離れたくないから――男の子との嫌なキスでも、今度こそ耐えてみせる!

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