Kiss♡魅(me)!!〜日暮れまでにキスをして〜
夜薙 実寿
起
九月三日。二学期が始まってすぐ、まだ夏の暑さを残した頃合い。今日は、みぃにとって特別な――運命の日。
「
眉を下げて、神妙に切り出した。凛世ちゃんは、驚いて目を瞠る……なんてこともなく、いつも通りの冷めた口調で、「は?」って興味なさげに返してきただけだった。
切れ長の鋭い鉛色の瞳は、手にした本のページに向けられたまま、こちらには一瞥もくれない。真っ直ぐで艶やかな黒のロングヘアーが、窓からの
ああん、冷たい。でも、そんなところもクールで素敵。
朝、授業前の喧騒に包まれた教室内。みぃはいつものように、三つ離れたクラスから凛世ちゃんに会いに来ていた。凛世ちゃんはいつもみたいに自分の机で一人、読書をしていた。だけど、今日はいつもとは違うの。だってーー。
「今日って、確かアンタの誕生日じゃなかったっけ」
目線を落としたまま、凛世ちゃんがぽろりと呟いた。
「! 覚えててくれたの!?」
「アンタの誕生日アピール、毎年激しいから嫌でも覚えるって」
呆れたような溜め息。――嬉しい!
ぱぁっと一瞬で花が咲いたみたいに気持ちが打ち上がったけれど、すぐにあることを思い出して、再び沈み込んだ。
「そうなの……みぃ、今日で十六歳になっちゃうの」
みぃの萎れた様子に初めて異変を感じたのか、ようやく凛世ちゃんがこっちを見てくれた。少し不思議そうな顔。
「もうなってんでしょ」
みぃは、そっと
「ううん。みぃが生まれたのは、今日の夕方の六時だから。正確には、まだなの」
「ふぅん? それで、何でお別れな訳?」
「えっと、みぃの一族のしきたりでね、十六歳になる前にある試験にクリア出来ないと、その……遠くに、行かされちゃうの」
人差し指と人差し指をくっつけたり離したりしながら、おずおずと告げた。
本当のことは話せない。凛世ちゃんにも、秘密なの。
――みぃ、
普段は人間の振りをして人間社会に溶け込み、夜になると人間の夢に入り込んで、誘惑して堕落させる。それが、お役目……なんだけど。
『魅、分かってるの? もう時間が無いのよ』
今朝のママの言葉が、脳裏に蘇る。
『わたし達サキュバスは、人間の夢に入る能力が無いと、一人前と見なされない。十六歳になるまでに能力を覚醒させないと、役目を果たせないものとして存在意義を失い、消滅してしまうのよ』
そんなの、分かってる。小さい頃から、何度も何度も聞かされた。能力を覚醒させるには、自力で
だけど、それも十六になったら終わり。夢に入る能力を開花させないと、存在自体が消えてしまう。
だから、ママも焦ってるの。特にここ最近は、口を酸っぱくして何度も同じことを言われ続けてきた。
『誰でもいいわ。ほんの一瞬、人間の男の子とキスをすれば済む話なのよ』
『でも、ママ……どうして、男の子じゃないといけないの?』
『それはね、わたし達は異性の夢にしか入れないし、生まれつき備わった相手を魅了する能力も、異性にしか効かないからよ。だから、
『そんな……』
『大丈夫よ。あなたはママに似てとってもチャーミングですもの。人間の男の子なんていくらでも寄ってくるわ。今日こそ、しっかり決めるのよ』
そう言ってママは、みぃを強く抱き締めた。みぃよりも大きなIカップの胸に顔が埋もれて、危うく窒息しかけた。
――タイムリミットは夕方の六時。それまでに男の子とキスをしないと、みぃは消えてしまう。
「で? あたしは何を手伝えばいい訳?」
思いがけない凛世ちゃんの質問で、みぃはハッと我に返った。
「……手伝ってくれるの?」
「アンタにびーびー泣かれても迷惑だし」
きゅうううんっ! 感激のあまり、みぃは凛世ちゃんにぎゅっと抱き着いた。
「好きっ!」
「はいはい」
迷惑そうに言うけど、凛世ちゃんは決してみぃを剥がそうとはしない。そんなところも、好きっ!
「でも、手伝って貰えるようなものじゃないんだ……」
「どんな試験な訳?」
「えっと、その……」
どこまでなら話して平気かな……。
「き、キスを、しないといけないの。男の子と」
「は?」
案の定、凛世ちゃんは怪訝そうに眉を寄せた。
「何それ」
「へ、変だよね……。みぃの一族では、十六歳までに異性とキスをしないと、一人前と認めて貰えないんだって」
「それで、不合格だと遠くに行かされるって? 意味不明。大体、キスしたかどうかなんて、黙ってれば分からなくない?」
「そう、だよね……」
しょんぼり俯いたみぃに、凛世ちゃんは小さく吐息を零した。
「まぁ、じゃあ……頑張れば?」
「でっでも! 男の子とキスしないとなんだよ!? 男の子なんて皆気持ち悪いし、無理!」
そう、そこが一番の問題だった。みぃは、男の子が大の苦手なの。男の子なんて皆胸ばっか見てくるし、鼻息荒くて怖いし、何かとすぐ触ってこようとするし……とにかくイヤ!
「あー……分からなくはないけど」
凛世ちゃんも苦笑混じりに同意してくれた。それから、こんな提案をしてきた。
「男どもがキモイのは、アンタに気があるからでしょ。アンタに気のない奴なら、大丈夫なんじゃない? 例えば、ほら――」
と、凛世ちゃんの細い指先が示す先、女の子に囲まれたやたらキラキラした男の子が一人。興味のないみぃでも名前を知ってるくらいの有名人。――
「アレなら、遊び慣れてるから一回のキスくらい何でもないだろうし、後腐れなくていいんじゃない? 女にも困ってないだろうから、特別アンタに気もないだろうし。……なんて」
「そっか!」
それなら、確かにいけるかも!
みぃは勇んで凛世ちゃんから離れると、ぴしっと背筋を伸ばして立ち上がった。いざ!
「ありがとう、璃世ちゃん! みぃ、頑張る!」
「え? ちょ」
珍しく少し慌てた凛世ちゃんの声を背に、みぃは霧矢くんの元へと半ば駆け寄った。
「霧矢 光雅くん!」
呼び掛けると、振り向いたのは本人のみならず、周囲の女の子達も同様だった。彼女らの視線が険しいことなんて気にする余裕もなく、みぃは続けた。
「キスして欲しいの!」
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