転
改めて決意を固めた放課後、今度はみぃのファンクラブを名乗る男の子達に取り囲まれてしまった。場所は、体育館倉庫裏。
「魅ちゃん! どういうことだい!?」
「霧矢 光雅にキスをねだったって……魅ちゃんだけは他のミーハー女どもとは違うと思ってたのに!」
「僕達というものがありながら!」
下駄箱に投函されていた手紙での呼び出しに応じて来てみたら、これだった。
「そんなこと言われても……みいはあなた達なんか知らないの」
いつもだったら無視してたのに、今日はまんまと来てしまったことに、早くもみぃは後悔し始めていた。もしかしたらキスのチャンスがあるかもしれないなんて、浅はかな考えだった。
見渡す男の子達の、ギラギラしたハイエナみたいな恐ろしい目。ハァハァと垂れ流される熱くて生臭い息。この中の誰かとキス……なんて、やっぱり考えられない! 無理!
「魅ちゃんもやっぱり、霧矢 光雅のことが好きなのかい!?」
「違うの。みぃはただ、男の子とキス出来れば良かっただけで、別に霧矢くんじゃなくても構わないの」
適当にあしらって立ち去ろうと思ってたのに、みぃがそう言うと、急に男の子達は静まり返っちゃった。……え? 何?
「誰でもいい? それなら……」
「僕達でも、いいってことか?」
ざわめきが伝播して、直後大きな波となる。
「魅ちゃん! それなら、僕と!」
「いや、僕と!」
わっ、と一瞬にして広がった流れに、男の子達は沸き立った。四方八方から押し寄せてくる彼らの、突き出された唇、唇、唇――。
段々と近付いて、じりじりと逃げ場を奪っていく、唇の群れ。ぬらりと光って蠢くそれは、まるで別の生き物みたいに生々しくて、醜悪で――。
「い、いやぁああっ!!」
あまりのおぞましさに、反射的にその場にしゃがみこんで避けた。抱えた頭の上で、男達がぶつかり合う衝撃音が響く。ぶっちゅうううって、吸い付くみたいなそれが何を意味するのか……もう考えたくない。
包囲網の崩れた部分を狙って、みぃは立ち並ぶ男の子達の足の隙間から身を踊らせた。彼らが体勢を整える前に、逃亡を図る。
「みっ魅ちゃん! 待って!」
背に掛かる制止の声なんて、当然振り切って駆けた。
「きゃんっ!」
暫くすると、誰かに正面からぶつかってしまった。
「おっと、大丈夫?」
聞き覚えのある声。顔を上げて確認すると、霧矢くんだった。みぃは霧矢くんの胸にしがみつくみたいな格好になっていた。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて身を離そうとするも、霧矢くんに腕を掴まれて、引き留められた。
「待って。俺、君を探してたんだ。昼休み、あんな形で別れちゃったから」
「え?」
「居たぞ! 魅ちゃん!」
「霧矢 光雅と一緒だ!」
「ちくしょー! 霧矢!」
ファンクラブの子達が追い付いてくる。――いけない!
「こっち!」
焦るみぃの手を引いて、霧矢くんが駆け出した。促されるまま、みぃも走る。そのまま追いかけっこは校外にまで及び、最終的にみぃは、霧矢くんに連れられて廃倉庫みたいなところに駆け込んだ。
これって、不法侵入? でも、それどころじゃないし……。
「ここまで来れば、もう大丈夫」
「あ、ありがとう、霧矢くん……」
息を切らせて肩で呼吸をしながら、みぃは改めて立ち止まり、顔を上げた。――目に入ったのは、予想外の光景だった。
「……え?」
差し込む夕陽だけを光源にした薄暗い内部には、先客が居た。一目で不良と分かるような、剣呑な雰囲気の男の子達が複数人――皆、知らない顔。
「だ、誰?」
「霧矢、その子? 自由にヤっちゃっていいって」
「!?」
「ああ、好きにしていいよ」
「やった、超可愛いじゃん!」
「霧矢、ナイス!」
――え? 何? どういうこと?
唐突に
「ごめんね? 来夢さん。でも、君が悪いんだよ? 俺、あんな風に女の子に拒絶されたことなんて無かったからさ、何か腹が立っちゃって。――俺をコケにした報いだよ」
優しい声音。でも、その内容は耳を疑うような凶悪な調べ。首筋に、冷や汗が伝った。足が震え出す。ピリピリと爆ぜるような空気に晒されて、全身のうぶ毛が逆立った。
――ああ、みぃ、また間違えちゃったんだ。
焦って、失敗して……バカだなぁ。いつも、後先考えずに突っ走って、凛世ちゃんに迷惑ばかりかけちゃう。
――凛世ちゃん。
世界は、もうこんなに真っ赤。夕陽は間もなく沈んでしまう。もしかしたら、今からこの人達にキスをされて、結果的に消えずに済むようになるのかもしれないけど……そうなってももう、汚れたみぃじゃ凛世ちゃんの前に顔を出せないや。
最後に、凛世ちゃんにもう一度だけ、逢いたかったな――。
全てを諦めて瞼を閉ざした、次の瞬間。届いたのは男達の指先じゃなくて、今一番聞きたかった声だった。
「何やってんの」
少し低めのアルトボイス。毅然とした凛世ちゃんの声。
「凛世ちゃん!!」
驚いたのは、みぃだけじゃなかった。不良くん達も霧矢くんも、一斉に入口の方に振り向いた。
凛世ちゃんは手にした
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