僕が領主になった理由

「なぁ、まさかと思うんだが……


 俺に領主をやれっていった理由は、ひょっとして俺がだから……なのか?」




「よかった、ようやく理解してくれたみたいだね。


 これで理解してくれなかったらどうしようと心配してたよ」




そう言いと、ツヴァイクはつっかえたものが取れたような顔で、ほうっと一息をついた。




あの後、騒ぎを聞きつけて来た衛兵らしい見た目の子達が騒ぎを鎮め、そのまま護衛をされながら屋敷に戻ってきたのだが……




屋敷に戻ってくる途中で、俺は町で感じたある違和感についての考えをまとめていた。




この屋敷の中で働いていたメイドさん達は、当然のことながら女、他所の屋敷の外で働いていたお手伝いさん達も、やっぱり女、昇降機の所で見張りをしていた兵士も女、町行く人々……一般市民層は間違いなく女、時折ラフな格好や、逞しい体つきをしたのも居たが、よく見てみれば肉のつき方は女……。




そして、リックスの周囲に居たのも全員女だった。




ここまで来て、俺はようやくツヴァイクとリックス以外に、男と出会った事が無いのに気づき……




領主になるための条件というのが、男であることそのものだということに思い至ったのだ。




「いや、ホント驚いたよ。


 調査団を襲った襲撃者が、正真正銘の男だったなんて聞いた時は……


 立場上、簡単に下には下りれないんだけど、あっちでは大騒ぎしてたろ?」




「まぁ、みんなして何とも言い難い感じで俺の事を見つめてたな……」




この国で領主がどれだけ偉いのかは知らないが、あの様子を見るかぎりまず普通にお目に掛かれる存在でない事は間違いない。




アニーの態度も、最初の方は俺の事を、ちょっとガタイがいい田舎娘だと思ってしまったからなのだろう。




こんな見た目の田舎娘は、まずいないと自分では思うのだが……。




「……それにしても、なんでこの国はこんなに女の数が多い……


 というより、男の数の方が少ないんだ?


 どうも、イメージ的にはつり合いが取れてない気がするんだが……」






「男女間のつり合いが取れていたのは、もう遥か昔……


 ゼロニアスはおろか他の国も存在しない、今や伝説にしか残ってない古代文明の時代までだよ。




 ……そう、世界が今の形になった原因もその頃だと言われている」




そう言って、ツヴァイクが語った所によれば……




遥かな昔、今よりも世界の調和がいい方向に保たれていた頃。


ある一人の女がどこともなく現れた邪神の力を得て、ある邪教団の主となったのだという。




その邪教団の教義は、世界から男の存在を消し、女だけの世界を作る事。




普通に考えて余りにも馬鹿げた思想だったので、当初はただのカルトだと馬鹿にされていたそうだが邪神の力は本物で、破壊をもたらす力によるテロ活動や、男のいらない命を生み出す術などを用いて、男はおろか、教義に従わない女や、敵対勢力を攻撃しながら次々と勢力を拡大させていき……




ついには、世界を手中に収める所まで至ったのだという。




「……だが、邪神の力は人の手におえるものではなく、世代を重ねるごとに新たに生まれた命の形は醜く歪んでいき、最終的には、教団の構成員の見た目は怪物と呼ぶのすら悍ましい姿になっていったそうだ。」




神妙な顔をしながら、一言一句違えず、すらすらと語っていくツヴァイク。


恐らくツヴァイク自身、何度もこの話を聞かされているのだろう。




「……そして、教団の蛮行にも裁きが下される時が来た。


 教団の迫害から逃れ、平和な世界を取り戻そうとする人々の中から選ばれた教団に対抗する力を得た勇者達が教団に戦いを挑み……




 そして、ついには教祖と邪神を打倒し、教団を滅ぼしたのだという。」




……なんか、邪神とかひどくまゆつばものの話だな。


骨組みだけ見たら、良くあるおとぎ話って気もするし……




「……とりあえず百歩譲ってその話が本当だとして、それはもう大分昔の出来事なんだろ?


 だったら、流石に今はもうそれなりにつり合いが取れててもいいんじゃないか?」




その教団に男が減らされたとしても、今もこうして存在しているのならば、当時生き残りは間違いなくいたんだろうし、男にとっては一夫多妻になっても文句はない状態だったはず……。


仮にそうでなかったとしても、長い年月でつり合いが取れる形になったはずだ。




「ところが、勇者達は邪神を倒す事は出来たものの、邪神の呪いは残ってしまったんだ。


 邪神を倒してから生まれる子供は女ばかりが生まれるようになった上に、その他にも色々な要因が重なってね……




 それでも何とかしようと色んな手段を試した結果、ゼロニアスの祖を始めとする勇者達を中心に、男を領主に据えて次世代に、歴史をつないでいこうとする方法だったわけで……」




「……つまり、現状の男児出生率は?」




「そうだね……ちょっと口にするのも恐ろしい位に低いとしか……


 男の子を残さないで逝ってしまった場合、後世の歴史家からため息をつかれるくらいには……」






……なるほど、それが事実だとすれば、この極端すぎる男女比の差にもうなづけるというものだ。


にわかには信じがたいが、嘘を言ってるようには見えないし……






「……念の為に確認しておきたいんだが、今の話は本当なのか?」






そう言って、顔を右に向けると……




「ええ……昔の事なんで、ホントかどうかは分からない……ですが」




「ゼロニアスや近隣諸国の人達なら、まず知ってる話なのは間違いない……です」




その先で床に座り込んでいるアニーとヴィーナが、震えながらツヴァイクの話を肯定していた。




横に棒を持って二人を見張るように立っている衛兵が居るせいか、二人とも神妙な顔をしているが……。




「そう言う訳だからゼロニアスだけじゃなく、他の国にとっても男の存在というのは非常に重要でね。


 その辺の事情から、どこに行っても、領主以外の生き方はまずできないと思うよ。」




にこやかに言っているが、その笑顔からは何が何でも俺に領主をやってもらうという意志が感じられる……。




……だが、そう言われても領主のやり方なんてどうしたらいいのか俺にはさっぱりわからない。




「心配ないさ。


 健康男児なら出来ないことはないし、経営に関しては、国が補助を出してくれるしね。


 ……それよりも今は。」




そう言ってツヴァイクは、俺から見て左の方向に顔を向けると……




「「「ひっ!」」」




アニーとヴィーナ、そして何故か二人の横に立っていた真面目そうな衛兵が、跳ね上がらんばかりに怯えた様子を見せた。




「彼女達の処分を先に決めておかなければね。」




「おい、なんだよ処分って……」




「君も、路上でのギアファイトは目にしたのだろう?


 実は、王都における許可のないギアファイトに対する賭博行為は、違法行為でね……


 現場を押さえた以上放っておくわけにはいかないし、それを見逃していた衛兵も処分の対象になる。」




笑顔を崩さずに、ツヴァイクはさらりとそう言ってのけた。




「ご処分はいかようにでも……このホルン、如何なる裁きもお受けする覚悟です。」




「いやーっ!! だって路上ギアファイトのモグリ賭博なんてよくある話で、衛兵だってそうそう取り締まりに来ないのにーっ!!」




ホルンと名乗った衛兵は、すでに覚悟を決めた様に目を閉じて俯いたのに対し、アニーは美人が台無しに見える取り乱し方をしていた。




そしてヴィーナと言えば、なんてこったと言っているかのように頭を抱えている……。




俺が騒ぎを起こしたせいでこうなったのならばこの三人を何とかしてやりたい、そうツヴァイクに言おうとした所……




「……彼女達が気になるって顔をしてるね。


 だったらこの裁き、キミがつけてみるというのはどうだい?」




「俺が……?」




俺の考えを見透かしていたかのように、ツヴァイクは俺にそんな提案をしてきた。




「君も領主になる身だ、悪事やしくじりに対して、きちんと裁きをつけるのは必要なことだしね。


 キミが渦中の存在でもある以上、この場の裁きは君に任せても問題はないだろう。


 ……言っておくけど、無罪放免や、余りにも軽い罰はなしだからね。」




温情なのか、俺の事を試しているのか……


とにかく、これで最悪の事態だけは避けられそうだ。




とは言ったものの、いったいどんな判断を下せばいいのだろうか?


ああやってくぎを刺された以上、軽すぎる罰を提案したら却下されるだろうし、それで厳罰を下されたら他人事とは言えたまったもんじゃない。




そう考えながら、覚悟を決めたり、泣きじゃくったり、頭を抱えたまま微動だにしない三人をじっくり見てみると……




こう見てみると、三人とも結構美人だよなぁと、のんきな事を思ってしまった。


ホルンと名乗ってた衛兵も、アニーも、タイプは違うけど普通に美人の部類に入るし、ヴィーナも少し筋肉がついた体系だが、その分女らしく出てる所が出てる体系だし……




そんな事を考えていると、俺の脳裏に邪なアイデアが浮かんでしまった。


流石に実行できるとは思っていないが、そうそう軽い行動ではないため、ツヴァイクと折り合いをつけながら落としどころを探ろうとして……




「それじゃあ……三人とも、身体で払ってもらおうか?」




そんな邪よこしま過ぎるセリフが、するすると口から出てしまったのだった。


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