領主候補の威光

「ギア・ファイト……?」




「そ、ギアを使って闘うからギア・ファイト。


 競技用とは言え、ギア同士をぶつけ合うのを見るのは初めて?」




得意げな顔でシンプルな説明をしてくれたが、俺には何のことだかまるで分らなかった……。




「いや、そもそもギアって言うのがなんなのかわからなくて……」




……そもそも、ギアというのがどういう物なのかわからない。


恐らく、あそこでぶつかっている二人が持っている武器の様なものだとは思うのだけれど……






「……ウソでしょ? ギアを知らないってどこの田舎から来たのよ。


 農機具とか、土木工事とかで使った事ない?」






信じられないといった顔で俺の顔を見つめてきたが、そう言われても全く分からない。


武器だけでなく、そう言った用途にも使える様なものなのだろうか……?






「……まぁいいわ、教えてあげる。


 ギアって言うのは、普通の道具と違った、不思議な力の込められた道具でね、あの二人が使っている武器の他に土木工事や農業、はたまた高度な計算や探索とか、普通じゃできない様なことが、様々な種類のギアを使えば出来るようになるの。」




確かによく見てみれば、周囲に集まっている観客や町ゆく人々は、周囲の雰囲気に合った格好をしている一方で少し違和感のある金属製の何かを持っていた。




様々な形をしているが、恐らくあれらがすべてギアなのだろう。




「なんだかすごい……気がするけど、武器はともかくその他は、わざわざそんな道具を使ってやるべき事なのか?」




「わかってないわねぇ……使った事ないなら仕方ないけれど、一旦使い始めたらもう手放せなくなること請け合いよ。


 ……よければ、いい工房を紹介してあげましょうか?」




不思議な力の込められた道具……


名前の響きや試合を見ているとものすごく欲しくなってきたが、正直なところ貰った小遣いで買えるかどうか……




「いやその……残念な事に、小遣い程度の額しかもらってなくて……


 流石に、それじゃあムリだよな?」




「まぁ、ギアは私達に手に入るものでも、ピンからキリまであるから駄目って事は無いと思うけど、それより小遣いって……」




呆れられるような視線を向けられてしまい、なんだかいたたまれなくなってしまう。


まぁ、こちらの事情を知らなければそう思われても仕方ないけれど……。






―――『ワァァァァァ!!』






落ち込んでいると、周囲の観衆達から、大きな歓声があがった。




「あっ! いいとこ見逃しちゃった……」




どうやら、試合の決着がついたみたいだ。


決着のシーンを見逃したせいか、彼女は不機嫌になってしまったが、別にそれは俺が悪いわけじゃない……と思う。




「アニー、どうやらあたったみたいだね。


 アタシの分の清算よろしく。」




そこへ、ガッチリとした体格の女が彼女の物と思われる名前を呼びながら、手に持った小さい紙片を差し出してくると……




「はいはいヴィーナ……


 珍しいわね、大穴狙いのアンタが当てるなんて。」




彼女は、ため息をつきながらも、紙片を受け取って念入りに確認したのちに、箱の中の硬貨の山から一山くらいの量を引き換えに渡した。




合法か違法かはわからないが、賭けの胴元もやっているみたいだ……。






「チマチマ当てるのは性に合ってないからね。


 ……こいつは?」




「ギアもない田舎からやって来たおのぼりさん。


 小遣い程度の額しか持ってないから、今日の宿もどうなるかわからない身の上ってところかしらね?」




直後に俺の事を尋ねられると、ずいぶんとヒドイ紹介をされてしまい思わずムッとなってしまった。


なにも、そんな辛辣な紹介をしなくてもいいだろうに……




「はっはっは、なにがあったか知らないけど、大変そうだね。


 よければ、安宿を紹介してやろうか?」




「いや、泊まる所の当てはちゃんとあるから。


 ほら、上の方のあの大きな邸宅が集まってる当たり……」




そういって、ツヴァイクの屋敷のある方向を指さした途端、二人の目が点の様になってしまった。




「ちょっと、あの辺りは領主様達が王都に泊まる際に使う屋敷よ。


 アンタみたいな田舎者が、立ち入れるはずが……」




「俺もそう思ったんだけどね、数日前にツヴァイク……公に保護されてから、ずっと屋敷に泊めてもらってて……」




「ちょっと待った、ツヴァイク公って……まさか、第二皇子!?」




俺の知らないツヴァイクの情報が明らかになったが、納得できる雰囲気だったし、他にツヴァイクが居ないのならば恐らく彼女の言う事に間違いはないのだろう……




目の前の二人が大声でしゃべってるせいか、周囲の人間が俺の事を見ながらなにやら、ざわざわと話しあっている。




まぁ、皇子に保護されているなんて聞いたら不思議に思うよな……




「アンタみたいな、繊細とは程遠そうな田舎者がどうして……」




「あ……アニー……ちょ、ちょっと……!」




アニーは、納得いかないという顔をして睨むような視線を向けていたが、そんな彼女の肩をヴィーナはなぜか真っ青な顔をして指でつついていた。




「なによヴィーナ、そんなドラゴンにでもあったような顔をして?」




「の……のど、そいつの……いや、その人のノドよく見て……!」




俺のノドに何かついているのだろうか?


触って確かめてみたが、別にどうにもなってはいない。




不思議に思って再び彼女達をみてみると……




「あ……あん……いや、あなたは……!?」




今度は、アニーの方が金魚みたいに口をパクパクとしはじめた。


いや彼女だけじゃない、周囲の人間ほぼすべてが俺のノドを見てざわざわと騒いでいる。




「いったいなにが……」




確認のため、再びノドを触ってみるが、やはりなんともなっていない。


せいぜい、のどボトケがあるくらいだ。




……と、そこまで来て、俺はようやく屋敷を出た時から感じていた違和感の正体に思い至った。




屋敷の中外で働いていた使用人の少女達、大通りを行く人々や各所を護衛していた女性衛兵、


そしてここで戦っていた二人、周囲の観客、賭けの胴元、ガッチリしているが胸がちゃんと出ているアウトローな雰囲気の女性。




他の女性にも結構な割合で、しっかりとした体格の人が居たので気づかなかったが、思えば屋敷を出てからここに来るまでみる人みる人、みんな女性ばかり……。




「す……すいません! 知らぬこととはいえ数々の暴言、どうかご勘弁をー!!」




気が付いた時には、アニーは目の前で見るも見事な土下座を披露していた。


ヴィーナの方も、付き合いで正座をしながら謝っており、周囲のみんなも一歩下がって視線を合わせないように俺の事を眺めている。




そんな理解しがたい光景を眺めながら、俺の脳裏には出かける前のツヴァイクの言葉が再び響いていた……。




―――『何故、君を領主にするかの理由は理解できるだろうから』




そういうことか……。




なぜ何も持たない存在であった俺を、領主にするなどという無茶ぶりをしたのか。




おぼろげながらようやくその理由を理解出来た俺は、騒ぎを聞きつけた衛兵が来るまでの間、言いようのないモヤモヤを抱えながら呆然とたたずんでいた……。


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