日暮れ
しーちゃん
日暮れ
鳴り止まない通知音。耳障りに感じるのは暑さのせいか、それとも。。。
その日親父は酷くよっていた。「助けたい子がいる。なのに俺は助けてあげられそうもない。」そう嘆いていた。親父が患者の事を家で話すのも、自分が力不足だと嘆く事も聞いたことがない俺は正直驚いた。田舎で1番大きい総合病院の医院長を務める親父は今まで1度も弱音を吐いたことは無かった。そんな親父を横手に俺は部屋に戻り勉強をすることにした。医者になるのは決められたレール。それは決められてること。分かってはいるが、気が乗らない。正確には自信が無いのかもしれない。医者と言う言葉が重荷でしかない。俺はベッドに横になった。明日は親父の病院に行く日だ。余計に気が重くなった。病院に行き現場を見て学べと言われ研修生として時折働いている。
朝起きるなり溜め息が出る。重だるい身体を動かし病院に向かった。病院は慌ただしい医療と言われる割に落ち着いた雰囲気がある。「弘也くん、おはよう。」と声をかけられ、「おはようございます」と愛想笑いをする。医院長の息子と言うだけでこの院内で俺の名前を知らない人は居ない。「頑張ってね!」そう言い微笑みながら足早にさっていった。中庭に子供たちが複数人見えた。元気に走り回ったりは出来ない子供たちは絵を描いたりシャボン玉をしたりと看護師さんたちと遊んでいた。俺はその中でベンチに1人座って様子を見てる女の子が気になった。女の子に近ずき「皆と遊ばないの?」と聞く。彼女は「少し休憩」と笑った。親父が言っていた女の子はこの子だと俺は思った。俺の顔を見て彼女は「大丈夫。分かってる。」と言ったように感じた。6歳も離れた彼女は歳の割に小柄で華奢だった。でも俺よりも大人びて見えた。
その日から彼女が頭から離れなくなった。俺はことある事に病院に足を運んだ。『橋本まゆ様』と書かれた病室に入る。俺に気づくなり笑いかけてくる。「体調は?」そう聞くと「今日は何だか元気なの」と微笑む。点滴と薬のせいで浮腫は酷いがそれでも細い。白い肌に色素の薄い髪がより弱々しさを感じさせる。クラスメイトから届いたのであろう色紙と千羽鶴。その数から彼女がどれだけ愛されてるかが分かる気がした。「ねぇ、将来のお医者さん?」そう俺を呼ぶまゆ。人懐っこくあどけないが、どことなく大人びた不思議な雰囲気がある彼女はどこにいても注目の的だった。
彼女はそんな時切なそうな顔をする。ある日高熱を出したと知りまゆに会いに行った。彼女と会った時には熱も落ち着いていた。「大丈夫か?」そう聞くとゆっくり頷く。「ねぇ、将来のお医者さん?欲しいものってどうして手には届かない所にあるんだろ。目には見えるのに近くにあるように感じるのにどうして」と言う。こんな表現が合ってるかは分からないし不謹慎なのかもしれないが綺麗だと思った。「何かあった?」そう聞いても首を振り何も答えてはくれない。俺は気になっていた。まゆの親を1度も見たことがない。誰に聞いても「忙しい人たちだから」と「入院費や治療費も馬鹿にならないからね。」とはぐらかされた事を思い出した。まゆに何と声をかけていいか分からない。「大丈夫。分かってるから」と言う彼女に戸惑う。「何を?」その問いかけに微笑みながら「私死ぬの。もうきっと長くないの」とハッキリ言う。鼓動が早くなる。どうしたらいい。なんて言えばいい頭の中がまとまらない。どうしてこんなに穏やかな表情をしているのか分からなかった。彼女は遠くを見つめたまま語りかけてくる。「ねぇ、将来のお医者さん?最近よく考えるの。」「何を?」と聞くと少し微笑みながら「死について」そう返ってきた。やっぱり彼女は綺麗だ。彼女は同世代が感じているものは遥かに想像もつかない何かを見ずにはいられないのかもしれない。いや考えなくてはならないのだ。だって彼女は、、、「発作は怖くない。とても世界が綺麗に見えるの。キラキラして眩しくて」彼女から目が離せなかった。「あなたは必ず凄い医者になる」そう言われ誰にも言えなかった言葉が溢れ出す。「分からない。自信もない」そんな言葉を聞いて嘲笑うように俺に言った。「あなたは凄い人になる。最先端の技術を使うような場所でどの患者も重病患者で貴方の手によって死んでゆく人もいる。」「そこは皆助かるんじゃないの?」そう聞くと「人はいつか死ぬ。」そう言いきられた。
「死にそうな命の中から少しばかり延命出来そうな命を拾う。虚しい作業場ね。」まゆの言葉を聞き俺は言葉を失う。「貴方の将来は砂漠に水をまくようなものね。お気の毒に」そう悪戯に笑う彼女に困ったように笑うことしか出来ない。すると「今のは私の意地悪。ごめんね?貴方がいて良かった。こんなことが言えてよかった。」と言い彼女はゆっくりまた話し始めた。「でもね、延びた時間は魂を救う。人は自分の闇と折り合うために時間があるとおもうの。だから、医者に意味はある。少しでも多くの救える命を紡いであげて」俺を見て微笑みながら話すまゆを抱きしめたくなった。折れてしまいそうなほど細い肩を触れることが何故か出来なかった。
それから、まゆの体調は少しづつ良くなっているように思えた。前より笑うようになったと院内でも話題になるほどだった。だから安心していた。まゆは高校を卒業し、院内にあるカフェに就職する事を決めたらしい。院内なら安心だと親父が進めたらしい。彼女は入院ではなく通院と言う形で毎日病院に来るようになっていた。その頃には俺は研修生ではなく医者になっていた。夜カフェの前を通りかかり様子を見るとまゆが出てきた。すると知らない男の人と一緒に帰って行った。ふと前にまゆはお客さんから人気もあり、連絡先を渡されることもしばしばあるとカフェの店長が言っていたのを思い出した。何だかモヤモヤした気持ちのまま仕事に戻ることにした。俺の知らないまゆがそこにいると思うとイライラした。皆が口を揃えて言う『まゆちゃんっていい子ですね』でも俺は知っている。何人もの男と遊んでいることを。知ってしまった。でも、どうしても彼女を咎める気になれなかった。いつも悲しそうに笑う彼女の顔が離れない。
何も出来ないままの日々が続いていた。まゆに連絡を入れる。『明日お昼3時、忘れんなよ?』まゆから既読は付くが返信は来なかった。明日はまゆの定期検査の日。俺は少し何か得体の知れない不安感に襲われた。次の日まゆから『だるい。今日無理。』と連絡がきた。『迎えに行く』とだけ打ち、昨日の不安が更に掻き立てられた。まゆの家は病院からすぐ近くにある。家に着くなり、ガシャーン!と大きな音が聞こえ、万が一の時用にと渡されていたスペアキーで部屋に入った。すると彼女は床に倒れていた。俺はすぐに病院へ向かった。
なかなか目をさまなさい彼女はやはり綺麗だった。彼女の診断結果をまじまじと眺め何か手はないかと思考を巡らす。すると看護師の小野さんが「先生。目を覚ましたましたよ。」と落ち着いた声で報告してきた。でも小野さんの手は微かに震えて目は潤んでいた。必死に気持ちを落ち着かせている彼女の肩に手を置き「ありがとう」と一言だけ声をかけ病室に急いだ。病室につくなり彼女はゆっくり瞬きを繰り返している。そして俺に気づくなり少し微笑んでくる。俺はなんと声をかけていい迷い気まずそうに「大丈夫か?」としか言えない。微笑みながら頷き俺の手を握った。弱々しい手。細くて白い人の冷たさを感じる。こいつのズルいところ。いつもそうだ。無理してる時や辛い時いつも綺麗に笑う。今何を考えているのか時々不安になる。俺から目を逸らさない彼女を俺も見つめるしかできない。「先生、あのね、手紙、、、机、、中」そう途切れ途切れに声を出す。掠れていて弱々しい声。それでも綺麗な声だけが真っ白な部屋に響いた。そして、そのまま彼女は眠りについた。
彼女の手はずっと冷たいままだった。
数日して、まゆのお葬式が行われた。彼女は皆に愛されていた。雨が降っている中多くの人が一目でもとお別れを惜しみに来た。彼女のケータイは今だ鳴り止まない。何件もの新着メッセージを知らせる音。俺はそれを眺めながら、まゆの最後に言った言葉を思い出した。最後に何を伝えたかったのだろうか考えながら、葬儀の後まゆの家に向かった。机の引き出しにノートがあった。中を見るとそれは日記だった。なんでもない毎日の日記。すると破られた形跡のあるページを見つけた。引き出しの中には見当たらない。捨ててしまったのかと少し残念に思い机の上を呆然と見つめていると、昔北海道に行った時のお土産であげたチョコの缶が置いてあった。「懐かしいな。」そう思い缶を開くと数枚の紙が入っていた。『病院で知らないおばさん達が親不孝者だとか話しているのを聞いた。別の部屋に入院していた高校生のお姉さんの話みたいだった。さんざん悪さをしてた上に事故にあったのだとか。そんな彼女を親不孝者と話していた。私は、大丈夫か聞かれると困る。私は大丈夫と答えることしか出来ない。私はいい子でないといけない。だって、私は長く生きれないのに良い子じゃないと親不孝をしてしまう。だから、大丈夫しか答えのない質問なんて聞きたくない』まゆはいつから死ぬことを悟っていたのだろう。まゆはいつからあんな綺麗に笑うようになったのだろう。『ねぇ、本当は怖いの。死ぬのは怖い。そう言えたら楽になるのかな。』震えている文字。所々に涙で滲んでいる。弱音を誰にも見せない為に缶に入れて蓋をした彼女。やる:せない気持ちになる。ふと蓋を見ると綺麗に折られた紙が貼り付けてあることに気づいた。紙を開くと『将来のお医者さんへ』と書いてある。俺への手紙。心臓が震える。涙が止まらなかった。俺は彼女の力になれていたのか未だに分からない。でも、彼女の想いを受け止めたい。『貴方はきっと立派なお医者さんになる。だから私が貴方を幸せにしてあげる。私に守られて貴方は答えを見つける。いつかの未来、近い将来貴方が幸せを感じたらそれは私のおかげ。その時は天を仰いで。私をほんの少し思い出して欲しい。大好きよ。』
日暮れ しーちゃん @Mototochigami
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます