第19話 オンボロ小屋の奇跡屋さん

「……おっ! ケンジ!」

 一度校舎に戻ろうとしたオズの目に映ったのはルームメイトの姿だった。噂の結界が気になって早めに帰ってきたのだろう。


「オズ。知らずの結界は見つかった?」

「まあとりあえずついて来い。見たほうが早いわありゃ」

 オズはそう言ってケンジを知らずの結界のあるところへ連れて行った。



「へー、これは……確かに何もわからないね」

「なっ! めっちゃすげえよなこれ! いったいどんなふうに魔力を構築してんのかわかんねえし、結界がなんの手入れもせずに維持できてる理由もわかんねえし」


 興奮気味に話すオズを見て、ケンジはぼそりと呟いた。

「ずいぶんとテンション高いね」

「そりゃそうだろ? こんな面白いもん見て興奮しねえのかよケンジは」


「それはまあ、面白いものだなとは思うけど、オズみたいに興奮はしないかな。言ってみればこれは答えのない数式みたいなものだし」

「お前それ……いやまあそうだけども、冷静すぎるって」


「これが解除できそうな結界だったら、もう少し興奮したんだろうけどね。さすがにこれは手の出しようがないよ」

「ん〜、確かに。俺としてはなんとか結界の中を見てみたいんだけどなぁ」


 そう言って結界を見つめるオズに、ふと思いついたことを伝えるケンジ。

「そんな気になるなら、あれ……えーと、ほら……なんだったっけ」

 しかし肝心の部分がうろ覚えなのか、人差し指を空中で遊ばせながら言葉を探す。


 するとオズはそんな友人の様子から、一つの噂話を思い出した。

「あれか? オンボロ小屋の奇跡屋さん……って言ったっけか」

「そうそれ。不思議な道具がたくさんあって、どんなことでも叶えてくれるってやつ」


 二人が頭に思い浮かべたのは同じものではあったが、オズはなにか齟齬があったのか首を傾げて、

「は? 俺が聞いた話だと運命の相手と出会える道具が売ってるって内容だったぞ? 聞いたの俺の叔母ちゃんからだけど」

 と疑問を投げかける。


「まあ僕もおじいちゃんから聞いた話だし、かなり昔の噂なのは確かだよね。でもさ、実際にその小屋がまだあるってのは知ってる?」

「おっとまた噂大好きケンジくんの出番か?」


「なにそのひと昔前の漫画のタイトルみたいな呼び方……まあいいか、オズは町のはずれにある廃墟みたいな小屋覚えてる?」

「あー、なんでこんなモンいつまでも壊さないでいるんだってくらいボロボロのヤツな」


「あれが奇跡屋さんらしいよ。おじいちゃんが言うには特定の人だけがドアを開けることができて、時空間移動術式ですっごい広くて綺麗なお店に行けるんだって」


 その言葉を聞いたオズは訝しげな表情を隠しもせず、

「時空間移動? それこそありえねえだろ。フィクションのレベルだぞ」

 と言い放つ。


「まあ噂だからね。いろんなヒレが付いてこんな話になったんじゃない? ってそんなこと言いたいんじゃなくて、もし奇跡屋っていうのが本当にあるなら、知らずの結界をなんとかできるのはそれくらいなんじゃないってことさ」


「文献も残ってねえ昔の結界をなんとかするには、真偽も不確かな噂にすがるしかねえって? ギャンブルじみてるが、まあ言いたいことはわかるな」


「そういうこと。多分いままでにもオズみたいな魔法好きがこの知らずの結界を解除しようとしたんだろうけど、こうして残ってる。つまり、普通のアプローチじゃ意味ない」


「おいおい、なんだかんだ言ってもやっぱケンジも気になってんじゃねえか。よし。じゃあ明日行ってみるか!」

「乗りかかった船だからね。授業終わったら行こうか」


 〜〜〜〜〜〜


 そして翌日の放課後、二人は町はずれの小屋に来ていた。


「しっかしこの小屋、改めて見るとすげえズタボロだな。よく崩れてねえな」

「ははは、同感。……ん? いやでも、扉だけはなんか綺麗だね」


 ケンジがそう言って扉に近づく。

「見た感じ……特に魔法はかかってなさそうだけど」

 確認してからドアノブに手をかけた。


 ガチャガチャ。

 ドアノブは回るが、感触がおかしいのか首を傾げるケンジ。


「ん? ふんっ……!」

 構造を見れば押すか引くかのどちらかなのはオズも分かる。が、ケンジが押しても引いてもその扉はびくともしなかった。


「かっった! 何このドア、開かないんだけど!」

 ドアノブから手を離し、息と共に力を抜きながらドアに向かって文句を言う。


「ボロボロすぎて蝶番ちょうつがいとかが錆びてるのかもな」

「もしかしたら、ドアにだけ状態保存魔法かけたのかな。いやそれなら蝶番とかの可動部分も一緒に魔法かけるだろうし……」


「あ。そういや叔母ちゃんがなんか言ってたな。扉の前で特定の行動をする必要がある……とかなんとか」

「あー、僕も聞いたような気がするんだけど、どんなのだったかなぁ」


「まあテキトーにやってみるか」

 オズはそう言って扉の前に立ち、過去に叔母から聞いたおぼろげな記憶を頼りに動き始めた。


 目を閉じ、拍手を一つ。

 一歩下がって二歩進む。

 目を開けるとそこには。


 微動だにしなかった扉がわずかに開き、こちらを招いているかのような様子があった。


「お! 行けんじゃねこれ!?」

 興奮気味にドアノブに手をかけて押し開けた先に見えたものは……。


 ガチャ、バタン。


「え? オズ?」

 扉の向こうを見たオズが一歩踏み出し、小屋の中へ入った。

 なぜ閉めたのかと思い、再度ドアノブに触れるケンジ。


 ガチャガチャ。

 しかし扉は彼を拒むかのように微動だにしない。


 なにかわからないが奇妙な焦りを覚えたケンジは、扉のすぐ横にある木板もガラス板も嵌め込まれていない小さな窓から小屋の中を覗き込む。


 小屋の内部は物置だったのか、壁に沿うようにボロボロに崩れた棚があるだけで視界を遮る物、あるいは隠れられるような物はなかった。

 けれどそこには友人の姿は見当たらない。


「不可視の結界かな……」

 そう思い至り魔眼を使って魔力を見ようとするものの、小屋の内部、およびその周辺には一切の魔力痕跡はなかった。


「んー?」

 小屋へ入ったはずの友人がいないことに、首を傾げるケンジ。

 オズはいったい、どこに消えてしまったのだろうか。


 〜〜〜〜〜〜


(どこだここ……)

 オンボロ小屋の扉を開き、一歩進むとそこは暗闇であった。

 両脚は確かに地面の感触をオズに伝えていて、彼は立ったままのはずなのに足元を見ても何もない。


(なんの上に立ってるんだ?)

 背後にあるはずの扉もバタンと閉じた音を最後に消えてしまったのか、この暗闇の空間にはなんの気配も感じられなかった。それを意識した瞬間、オズの胸中に孤独が押し寄せる。


 その孤独感がなんとも居心地悪く感じてしまい、急ぐようにもう一歩踏み出した。


 すると突如オズの視界に光が溢れ、


「いらっしゃいませ、奇跡屋へようこそ」

 放心状態のオズの耳、いや脳に響いたのは男性の声だった。


 聞く者の心を魅了するかのような声。たとえちまたの雑踏に鼓膜を占領されていようとも、その男性の声を聞き逃すことはないだろう。

 そんな考えが思い浮かぶほどの美声であった。


「お探しの品は、どのような奇跡でしょうか?」


 〜〜〜〜〜〜


 それは異界にある。曰く、あらゆる道具にて願いを叶える店。


 町はずれの古い小屋、拍手を一度鳴らすべし。さすれば扉は開かれる。


 その店の名は……


 オンボロ小屋の奇跡屋さん。

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