第13話 ある少女の後悔
※この話には一部不快に感じる表現があります。あらかじめご了承ください。
彼女自身の記憶にはないが初めてのサイコキネシスは赤ん坊の頃、小さく軽い
けれど両親はそのことで
そんな両親の育児方針は美咲を真っ直ぐな性格へ育て上げ、明るく優しい人気者へと成長していくことになる。
そして彼女が物心ついた頃から、人目のあるところでは超能力を使わないことを約束して、美咲もそれを完璧とまではいかないまでも守ってきた。
たとえ破ったとしても、友達が大ケガをしてしまいそうな時にしか使ったことはないし、誰かにバレることは奇跡的に無かった。
美咲はその力を誇示することはなく、他者を助けるときにだけ使うことを自分自身に誓い、両親との約束もできる限り守るように努力していた。
きっと両親には超能力を使っていたことはバレていたのかもしれない。美咲は隠し事が得意ではないし、なにより自分のことを良く理解している両親が気付かないわけがないと心のどこかで分かっていた。
気付いた上である程度黙認してくれているんだろうと理解していたし、実際それは的中していた。
けれどそれがのちに美咲自身を苦しめる結果になってしまうとは、この時はまだ誰も思ってもいなかった。
〜〜〜〜〜〜
この頃の彼女は、バレないようにサイコキネシスで人助けをすることが癖になっていた。
日々使っていたおかげで、美咲はもはや無意識レベルで超能力を使いこなしていて、その事実は美咲の自信にも繋がっていた。
誰かを助けるたびに嬉しさが湧き上がり、自分に備わった特別な力が他人を守れるものだという事が誇らしかった。
美咲という少女はこの頃まで、超能力を持っていることを度外視しても、幸福に過ぎる日々を送っていた。
苦難らしい苦難に遭遇することはなく、穏やかな両親の元でその愛情を一身に受け、環境にも才能にも恵まれ、素直で明るく優しい女の子として学校でも評判になるほどだった。
そう……この頃までは……。
事件は美咲が小学6年生の時に起こる。下校途中の人通りの少ない道で、大柄な男性に話しかけられたのが事の始まりだった。
「観光でこの町に来たばかりで、おトイレがどこかわからないんだ」
そう言って困った顔を見せた男性に対して、美咲は笑顔で対応し、親切にも近くの公衆トイレへと男性を連れて行った。
道案内を終えてほんの少し自慢げな表情で笑う美咲を、男性は強引に引っ掴みトイレの中へと連れ込む。成人男性に腕を掴まれてしまえば、6年生の少女が逃げ出すことなどできはしない。
乱暴にトイレの床に放り投げられた美咲は、なぜこんな状況になっているのかさっぱりわからなかった。疑問符を浮かべながら男性の方を見上げると、そこにはこの世のものとは思えないほど目をギラつかせた人間が立っていた。
いや、もはやその顔は人間とは思えなかった。恐ろしい表情は猛獣のそれと相違なく、獲物を前にした肉食獣のような笑みでこちらを眺めていた。
鼻息は荒く、吊り上がった口角はまるで三日月のよう。
あまりの形相を目の当たりにして、美咲の脳内を占めていた疑問は即座に恐怖へと変わり、その身を硬直させる。
ジリジリと近付くたびに恐怖と嫌悪感は倍増し、体は動き方を忘れてゆく。
身動きの取れない美咲を見た男性は下卑た笑みを顔面に貼り付け、気味の悪い優越感を露わにした。
そしてそれが最後の一押しとなる。
美咲の心を蝕む嫌悪感は頂点に達し、無意識のうちにサイコキネシスを発動する。それは生き物であれば誰もが持つ自己防衛本能。
美咲を脅かす外敵を排除せんと、超常の力が牙を剥く。
サイコキネシスは美咲が嫌悪感を向けていた薄気味悪い笑みを、一撃のもとに打ち砕いた。顔面を襲う強烈な痛みが男性の意識を一瞬で刈り取る。伴って大柄な体は床に突っ伏した。
サイコキネシスの原理は、髪の毛のような細さの
そして糸を絡ませて毛玉を作るように、霊力線を集中させた
美咲の霊眼はその様子を見逃さなかった。サイコキネシスを使ううちに霊力への理解が深まり次第に研ぎ澄まされていった霊眼は、美咲自身の霊力操作をつぶさに捉えてしまった。
正確には、恐怖の対象である男性から目を逸らすことができなかっただけだが、不運にも美咲は自分の超能力が他者を傷つけてしまう瞬間を見てしまったのだ。
美咲を脅かす猛獣は動かなくなり本来ならば安心するはずのところだが、心の底から湧き上がってきたのは後悔と自責の念であった。
両親との約束を他人を傷付ける行為によって破ってしまったこと。誰かを助けるためだけに超能力を使うという誓いに反してしまったこと。
そしてなにより、人を守るためだと思い込んでいた力が、人を助けるという目的を果たしてくれていた力が、こうも簡単に誰かを害してしまうのだという事実に打ち
特別なものだと思っていた。けれどそれは大きな間違いで、扱い方を
それを理解した瞬間に、美咲は自分の過去全てが否定されたかのような錯覚に陥る。
美咲がまだ幼い頃、友人が頭を打ちつけて大怪我をしてしまいそうな時があり、そんな時はサイコキネシスを使用して体を支え、ことなきを得たという事例が何度かあった。
もしあの時、サイコキネシスの力加減を間違えてしまったら、友人の首をへし折って殺していてもおかしくはなかったんじゃないか?
そんな考えが頭をよぎる。これまでの美咲であればなにを馬鹿なことを、と一蹴していただろう。実際にサイコキネシスで人を傷つけてしまったことなど一度たりともなかったのだから。
けれど今は微塵もそう思わなかった。なぜなら彼女は目撃してしまったのだ。自分の持つ能力が成人男性をたった一撃で打倒してしまうその瞬間を。
腕を掴まれた時には手も足も出なかった。
しかし
今までの認識が崩れ落ちる。
人を助けることで積み重ねてきた誇りは、もはや見せかけだけのハリボテ。両親との約束を最悪の形で破り、自分に立てた誓いすらも守れなかった。
倒れている男性の俯いた顔から床に血が流れ出し、少女の視界に赤色を添えてゆく。男性がどんな顔になってしまったのかは見えず、自分がどんな顔をしているのかもわからない。
サイコキネシスは常人の目には見えない現象だ。これまではそれをいいことに人知れず他者を守り、まるで正体を隠したスーパーヒーローにでもなったかのような気分で、素直にいえば心地よかった。
だが今、美咲に突きつけられた現実がそれを否定する。大の大人すらも倒してしまうほどの異常な力を振りかざして、なにがヒーローだ。
今の自分はまるで……
まるで、目に見えない凶器を振り回す極悪人のようではないか。
「あ……あ、うあああああああああああ!!!」
思い至ってしまえば、もうブレーキは効かなかった。
自分の持つ能力の危険性を一切考慮せずに使っていたことが、どれだけ愚かしい行為だったのか。
自分はなんと浅ましい人間なのか。自己嫌悪が質量を持って精神を押し潰そうとしてくる。比喩ではなく実際にそうとしか思えなくて、とめどなく涙が溢れてこぼれ落ちる。
美咲は自分自身がひどく恐ろしい生物に思えて仕方なかった。自責の念は言い表せないほどに膨れ上がり、美咲は泣き叫び続ける。
その声を聞いて駆けつけてくれた人が通報して、事件は一応の収束を迎える。
〜〜〜〜〜〜
男性は大怪我をしたものの命を落とすことはなく、治療を終えたのち暴行未遂の容疑者として逮捕された。
怪我の理由については本人すら分からないと語っており、床の一部分に血液が多く付着していたことから、錯乱して足を滑らせて顔面を強打したものと断定された。
蓋を開けてしまえばたったこれだけの事件。容疑者は自業自得で大怪我をして、被害者にはかすり傷一つなく保護された。
しかしそれは第三者から見た場合でしかない。美咲の心には人を傷付けてしまった事実が重くのしかかり、深く打ちつけられた釘はそう簡単に抜けることはない。
それ以降、美咲がサイコキネシスを使うことはなかった。それに比例するように笑顔も少なくなり、明るく優しい人気者はいつしか消えていなくなった。
事件の後、異口同音に並べられた言葉は「美咲が無事でよかった」「怖かったよね」「もう大丈夫だよ」など、とても優しいものばかりであった。
父も母も友人も、小学校の教員に友人の保護者まで。誰もが美咲の身を案じる暖かい言葉を言ってくれるのに、それらが美咲の心に届くことはなく、空気に溶けてなくなるのみ。
(私が無事でなにがよかったの? 自分が助かるために人を傷付けるようなヤツなのに?)
(怖かったのはきっと男の人の方だよ。だって見えない力で顔を潰されたんだよ?)
(もう大丈夫? どこが? 私はまだ見えない凶器を持ったままなんだよ?)
優しい言葉をかけてもらう度に、自分の醜悪さに嫌気がさす。
いっそのこと口汚く罵ってくれた方が良いとすら考えてしまうくらいに、自己嫌悪は胸の中心に居座り続けて、美咲の心を黒く染める。
けれど事件の真実は、両親にすら打ち明けられないままでいた。
もし本当のことを話してしまえば、この超能力がいかに危険なものであるかが分かるだろう。
今までたくさん愛情を持って接してくれていた両親に信頼を寄せていないわけではないけれど、万が一、いや億が一にでも侮蔑の表情で「化け物」と言われてしまったら。
そう思うと心が凍りつくような感覚に襲われる。だからいつまでも言えなかった。
あまりに大きな自己嫌悪を抱えておきながら、我が身可愛さに本当のことを打ち明けられない。その保身がなおさらに、美咲の中に巣食う黒い感情を膨らませる。
それからしばらくして美咲は男性がしようとしていた行為を理解した。彼は自分の容姿に目をつけて襲ってきたのだろうということも。
前はみんなに褒めてもらえることが嬉しくて自慢の一つでもあった自分の容姿が、あんなことを引き起こすきっかけになったのだと知って、美咲は自分の顔すら嫌いになってしまいそうだった。
自分の見た目がもっと違っていたら、いや、そもそも自分が男の子だったら、あんな事件は起きなかったはずだ。自身を責め立てる考えが頭にこびりついて離れなくて。日に日に息苦しさが増してゆく。
やがてどうしようもなくなった美咲はそのことを両親に相談して、卒業のタイミングで引っ越すことになった。
もう二度と同じようなことが起きてしまわないように、自分の性別を偽ることを心に決めて。
そうして
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