第14話 ある少女の憧れ
自己紹介のセリフは今でも忘れられない。
五十音順で並んだ席、必然的に翔太は一番最初に皆に自己紹介をすることになる。
引っ越してきたばかりということなどを含めて無難に終わらせたのは覚えているが、詳しくは思い出せない。
なぜならば、その次の人が衝撃的だったから。
「名前は井上竜司です。特技は霊が見えることと除霊ができることっす。よろしくお願いします!」
度肝を抜かれた。ついでに大丈夫かコイツ? と思った。目立ちたがりな性格なのだろうかとも。
実際容姿に関しては、短めの黒髪と強気そうな顔立ちが見事に合わさって、まあ有り体に言えばイケメンと言えるレベルで、目立つ方ではあるのだろう。
けれど初対面の人も多くいる場面であんなセリフを言ってしまうあたり、お世辞にも仲良くなりたいとは思わなかった。
第一印象はそんな感じで、悪い意味で変なヤツだと認識していた。
そしてその後、彼の周りにおそらく小学校からの付き合いなのだろうと見られる友人が集まっているところを見て、会話に耳を傾けてみると、
「本当のこととはいえあんな堂々と言うかよ普通」
「竜司って昔からバカ正直っつうか、変なとこで考えなしだよな」
という言葉が聞こえてくる。
真実はどうあれ、彼の友人にとっては先ほどの自己紹介は嘘ではないらしい。しかし本当のことであるなら、なおさらに度し難い。
他人と大きく異なる部分をひけらかし、理解を得ようとするのはあまりにも楽観的すぎる。それができれば誰も苦労はしない。
あの事件以降、翔太はサイコキネシスを使ったことはなく、思考もそれに追従するように変化していた。これまでに超能力者であることが知られた過去はないけれど、もしバレてしまったらと思うと今でも怖くなる。
両親との約束があるからではなく、自分に向けられるであろう、《化け物を見る目》を想像するだけで恐ろしくなるから。
だからこそ、彼の言動が理解出来なかった。
嘘か
他人と明らかに違う点を抱えているなら、徹底して隠すべきだ。
考え方が違いすぎる。嫌悪感というほどのものではないが、友好的な関係を築けるとは一切思わなかった。
〜〜〜〜〜〜
そして後日、今日から本格的に授業が始まる。
つまり中学校生活のスタート地点だともいえる日に、不運にも翔太は悪霊に憑かれてしまった。
昔ならばサイコキネシスで撃退したのだが、今はそうはいかない。まあ霊力量は大したものではなく、そこは不幸中の幸いだった。
本来黒い人間のような見た目をしているのに、随分と霊力を消費して人の頭部と同じサイズの球体なのがその証拠。もはやサッカーボールのようにも見えてくる。
力のない悪霊が憑いてきたところで、できることなどたかが知れている。せいぜいが少し体調を悪くさせるくらいだろう。
もちろん怨念に染まった霊気が近くにあるというだけで気分の良いものではないが、耐えきれないほどではない。
いずれ悪霊が離れるか、人に害をなすための霊力を失うまで、ただやり過ごしていればいいだけだ。
そうやって自分を納得させ、翔太は通学路を歩く。大きな道に出ると周囲に多くの生徒の姿が見え、翔太もその流れに沿って進む。
しばらくすると、不意に背後から声がかかった。
「おはよう、相川……だったよな?」
振り返るとそこには理解し得ないと断じたクラスメイト、井上竜司が立っていた。
分かり合えないとはいっても、ここで無視するのはあまりにも失礼だ。それにただ友人にはならないだろうと思うだけで、敵意などを抱いているわけでもない。
翔太は気怠さを気合で押さえ込み、穏やかな声で返事をする。
「おはよう、井上くん。今日はいい天気だね」
当たり障りのない言葉で挨拶を終わらせてすぐに歩行を再開するが、
「あ! ちょっとだけ待ってくれ」
と竜司の声に止められた。
いったいなんだというのか。早く学校に着いて椅子に座りたいのに。
不満を隠しながらまた竜司の方へ向きなおり、足を止める。
「どうしたの?」
「あーいや、ちょっとな」
そう言った後、竜司は翔太の肩のあたりに手を伸ばし、なにをするつもりなのかと思っていると……
おもむろに小さな悪霊に触れて一瞬のうちに除霊した。
「え……」
傍目にはただ肩についた何かを払い落とすような仕草にしか見えなかっただろう。しかしあまりにも自然な動作で霊を成仏させるものだから、翔太は呆気にとられて立ち尽くす。
「よしこれでオッケー。しばらくしても体調悪かったりしたら保健室行ってくれよ」
竜司はそれだけ伝えて、先に進んでいってしまった。
「あ、井上……くん……」
反射的に名前を呼ぶも、翔太の声は周囲の雑音に紛れ込み竜司の背中に届かない。
人の流れに消えてゆく彼の背中は、少しだけ大きく見えた。
「ねえ、井上くん。ちょっとだけいいかな?」
その日の放課後、翔太は竜司に話しかけた。
中学に入ったばかりの生徒が放課後に教室でだべるなんてことはなく、周囲にいたはずの生徒たちはもうすでに部活見学にでも行っているのだろう。
目立つ音はなく、せいぜいが廊下を走った生徒にやんわりと注意する教師の声くらいだ。
そんな静かな教室の中で、翔太は竜司に今朝の話を切り出す。
「その……朝のことで聞きたいことがあってさ。あれってもしかしてわた……僕に幽霊が憑いてたってことなのかな?」
一人称を間違えそうになりつつ、翔太は霊が見えないフリをして聞いてみる。
「ああ、まあそうだな。かなり小さかったが悪霊が憑いてたから除霊したんだ」
すると竜司はなんでもないことのように返答してみせる。
どうやら勘違いや見間違いだったわけではない様子で、翔太は素直に感謝を伝えることにした。
「やっぱりそうだったんだ。ありがとうね井上くん」
「あーいや、癖みてえなもんだからさ。お礼なんて別にいいって」
癖みたいなもの。その言葉で翔太は過去の自分を彼に重ねた。
サイコキネシスで他者を助けることが癖になっていた頃の自分を。
そう思った瞬間、翔太は続けて言葉を発する。
ただお礼を言うためだけに呼び止めたのに、翔太の発声器官は意思に反して疑問を投げかけた。
「あの……ちょっと聞いてもいいかな? どうして隠さないの?」
ズケズケと人の事情に踏み込むのはいけない。そう思いつつも、翔太は聞かずにはいられなかった。
彼が自分と同じような境遇であれば理解し合えると思ったから?
いいや違う。もはやそれは自問に近かった。
目の前にいるあの頃の自分に、答えて欲しいだけなのだ。
なぜ、特異な力を振るうのか?
その理由を、翔太は一年前のあの日からずっと求め続けていたのだから。
「隠すって……」
突然の質問に竜司は困ったような表情を浮かべて首を傾げる。いきなりこんなことを聞かれれば当然かもしれない。
彼の様子は質問の意図をはかりかねているようにも見え、翔太はさらに言葉を重ねる。
「だって……幽霊が見えるとか除霊ができるとか、普通の人はできないんだよ? もしかしたら気持ち悪いって言われるかもしれないのに、どうして僕を助けてくれたの?」
ともすれば侮辱ともとれるような言い回しで、翔太はまくし立てる。
けれど彼はそれに眉をひそめることはなく、唸り声を出しながら頭をひねる。
「うーーん、どうしてって言われてもなぁ……」
時間にしてわずか五秒、しかし翔太にとっては永遠にも思えた五秒を超えて、悩んだ末に竜司はやっと答えを口に出す。
「なんつーか……たとえばさぁ、足の速いヤツって運動会のリレーとかに引っ張り出されるだろ?」
しかしそれはあまりにも要領を得ないもので、翔太はキョトンとしてしまう。
「……えと、そうだね?」
「ピアノが弾けるヤツは伴奏頼まれることがあるし、頭の良いやつは友達に勉強教えたりするよな?」
何を言いたいかがさっぱり分からず、もしかして適当にあしらおうとしてるのか、と思ったその矢先。
「それとおんなじなんだよ。みんな自分の得意なことで誰かを助けてるから、俺もそうしたいって思えるんだ。貰いっぱなしじゃ不公平だろ?」
そう言って竜司はニカッと笑ってみせる。
その笑顔を見た瞬間、その言葉を聞いた瞬間、翔太に衝撃が走る。
あの日胸を締め付けた苦しみが、自分自身に抱いた恐れが、音を立てて崩れてゆく。心の中にするりと入り込み、こびりついていたナニカを溶かしてゆく。
二人っきりで面と向かって自論を述べるのが恥ずかしかったのか、照れるように浮かべた笑みが太陽のようだった。
それは暗い闇の中で見えた一筋の光。影が
けれども暗さに慣れていたはずの目は、網膜に刺さるほど強烈な光から目を逸らすことが出来なくて。
どんなに優しい言葉をかけてもらっても素直に受け取れなかった心が暖かみを取り戻して、脈動と共に体に熱が入る。
そうか、違うのだ。
目の前にいる井上竜司という少年は、あの頃の
あの頃の私は、自らの力を特別だと思っていた。
そして一年前の事件以来、異常な力だと思い込んでいた。
サイコキネシスという能力は、人の常識の外側にある能力だ。だからこそ特別だと、異常だと認識していた。
しかし彼にとっては違う。
霊が見える眼も、除霊できるほどの霊能力も、ただの得意なことと同じなんだと言った。
隠すほど特別ではなく、恐れるほど異常でもなく、ただ得手不得手の延長線上にあるものでしかないと。
考え方が根本から異なっている。
だからこそ竜司の言葉は、翔太の心を暖かく包む。
ああそうか。そうだったのか。
(
嬉しかった。本当に嬉しかった。
少しでも気を抜けば感涙に咽び泣いてしまいそうで、でも涙を見せるのは恥ずかしくて必死にそれをこらえる。
きっと……ずっと欲しかったのはこの言葉だったんだ。
胸にわだかまっていたものがストンと腑に落ちる感覚。心が軽くなる。
たったこれだけで良かったんだ。すごくシンプルな話だった。
異常なんかじゃない。そう言ってもらうだけで、自分の抱えていたものは容易く消えてしまうものだったんだ。
あの日からずっと、美咲は自分の超能力を恐れていた。それは他の人にはないものだから、誰にも理解はされないし誰にも打ち明けられない。
ましてやそれが成人男性を倒すことすら可能なものだなんて誰に伝えられるのか。
願えば手放せるものでもなくて、超能力という存在が自身を縛り付けているとすら思っていた。
けれど目の前にいる彼は、自分と同じように常人にはない力を持った彼は、普通だと言ったのだ。
身体的特徴とか得意なことと同じく、ただの個性に過ぎないと。
誰かが得意なことで自分を助けてくれるから、自分もそうしたいのだと。
それは超能力を特別だと考えていた美咲とは真逆の思考。だからこそ彼の言葉は深く、美咲の心に突き刺さる。
自身を縛り付けていたのは超能力ではなく、それを異常だと決めつけていた考え方そのものだった。美咲は自分自身を責めていたように見えて、超能力を責めていたのだ。
それが間違いだと気付けば、こんなにも気分は軽くなるのか。美咲の心は晴れ渡っていた。
無論、あの事件で人を傷つけてしまったという事実は消えはしない。けれどそれは当たり前に起こり得ることと同列だとすら思える。
というか冷静に考えればあれは正当防衛だ。手段が少し特殊というだけで美咲の行動になんらおかしなところはない。誰だってあんな状況になれば抵抗くらいするだろう。
そんなこともわからなくなる程に
考えてみると一年も悩んでいたことが滑稽に思えてきて、胸中を占領する嬉しさと合わさって笑いが込み上げてくる。
「ふふふ、あははははは!」
「なっ! 笑うことねえだろ!?」
美咲の笑みの真意を知る由もない竜司は自分の考えを笑われたと思い、不満を露わにした。
「ははは! あーいや、井上くんを馬鹿にしたんじゃないんだ。むしろ馬鹿なのは僕の方だと思って」
「ん? どういうことだ?」
「まあこっちの話だから気にしないで。それより井上くんって、すっごく良い人なんだね。僕かなり嫌な感じの質問したと思うんだけど」
「そうか? 言うほど嫌な言い方してねえと思うけどな」
彼にとってはなんてことない、ただ質問に答えたというだけのこと。
今この瞬間は何一つ特別なものなんかじゃなくて。
きっとそれは誰にとってもそうなんだろう。
他人から見ればただのクラスメイト同士の会話。日常のワンシーンというだけ。肝心の話題はちょっと変だけれど、おかしな点はその程度。
でも
比喩でもなく大袈裟でもなく、彼の言葉によって
それがまたとてつもなく嬉しくて、美咲はまた笑顔をみせる。
「ふふふ、ねえ井上くん。自己紹介の時も言ったけど、僕は入学のタイミングで引っ越してきたからまだ友達がいないんだ。だから……もし嫌じゃなかったら、僕と友達になってくれる?」
その笑顔には、心に深く刺さった悩みも、自身への嫌悪もなく。
ただ晴れやかな可愛らしい花が咲いていた。
この日から、美咲はよく笑うようになった。
これが二人の出会い。
そしてこの時の憧れが恋心へと形を変えるのに、それほど多くの時間はかからなかった。
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