第4話 商品棚には

 さあさあお楽しみの時間だ、と言わんばかりの嬉しそうな表情を見せながら、竜司はかたわらにゼロを控えながら棚に近づいてゆく。見上げれば数秒と経たずに首が音を上げるだろうというほどの高度を誇る、無数の商品棚の正面へ。


 するとどうしたことだろうか。商品の外見がわかる程度に近づいた途端、忙しなく動き回っていた棚は移動をやめてしまった。


 まるで短い休み時間が終わった瞬間に席に着く学生のように、ズズズ……という音は文字通り鳴りを潜め、まだ移動中だった棚は近場の隙間にその四角い身を割り込ませた。


 不思議そうな顔をしながら止まった竜司を確認するまでもなく、ゼロは即座に説明を始めた。

「商品棚は一定の範囲内に生命体を感知すると移動しなくなるように設定しています。商品きせきを見るときに棚が動いては手間ですから」


 ゼロの言葉は間違いなく正しい。品物の確認などをしようとしているときに、勝手に棚が移動してしまえば面倒この上ない。

「それじゃあ、なんでこの棚は動いてたんすか? 見栄えがいいからとかっすか?」


 しかしそうならば最初から動かす意味が無いのではないか?

 そんな当然といえば当然の疑問にも、金髪の店主はノータイムで返答する。


「それももちろんあります。見た目というのはとても重要ですから。しかしそれ以外にも、高いところが苦手だというお客様が商品きせきを見る場合にはこのようにして」


 ゼロの声に呼応するように、首を限界まで上げねば見えないほど高いところにあった棚がゆっくりと降りてきて、竜司たちの目の前にあった棚と入れ替わる。どうやらゼロは、この数多ある商品棚を自在に操作することができるらしい。


「どれだけ高い位置にある品でも、こうして私が棚を動かすことができる、という安心感を与えることができます。そしてコントロール可能であることをなるべくスムーズに理解していただくために、常時自動で動くようにしているのです」


 なるほど確かに、事前に棚が動き回る光景を見ている竜司はすんなり理解できたが、もしこれが何もわからないまま眼前で大きな棚が動いてしまえば、最悪パニックになりかねない。


 商品棚が動き回るシステムは、奇跡屋という非日常を演出していると同時に、ゼロが棚を操作できるという事実をわかりやすくするための作用も持ち合わせているのだ。


「失礼ですが、お客様は高いところが苦手と思ったことはございますか? もしなければこちらのフロートチェアを使用してみてはいかがでしょうか」


 ゼロはそう言うと、浮かんでいる椅子を一つ竜司の前に差し出してくる。さっきまではなんとなくでしか見ていなかったが、よく見れば装飾の施された高そうな椅子で、この店の入り口の扉と似たような雰囲気を感じる。


 椅子の形状からそう思ったのだろうが、家具の製造方法なんてわかるわけでもなかったし、そんなことより竜司は彼の提案に目をキラキラと輝かせて、


「いいんすか? ありがとうございます!」

 と即座に受け入れ、なにやら芸術的価値がありそうな椅子に遠慮なく座る。


 するとその瞬間、ポンッという軽快な音と共に椅子の手すりから何かが飛び出してきたではないか。


「それではリュウジ様。両方の手すりをご覧いただけますか? 前後左右は左手のレバーをたおしてください。上昇下降は右手側に二つのボタンがありますので、それを押していただければ」


 そんな竜司の驚きを払拭するかのように、ゼロはまたもや一瞬で説明を入れてくる。間髪入れずに客の疑問を解消するその早さはもはや感嘆に値する。


 竜司はゼロの言葉に従い目線をやる。すると言っていた通りのところにレバーとボタンを見つける。が、それは椅子の機械的機構によって出てきたわけではないらしい。


 なぜならそれらは、手すりのわずか数センチ上に浮かぶ水色の光によって形作られていたのだから。


 触れてみると、確かな感触が手に伝わる。ためしに左手のレバーを倒したり、右手のボタンを押してみたりすると、椅子は竜司の意思を感じとったのかと思うほどに自在に動かせる。


 どうしてこんなふうに操作できるのか。なぜこのレバーとボタンは椅子から浮かんでいるのか。というか光で構成されているようにしか見えないのに何故触ることができるのかとか。


(いやそもそもどんな技術で椅子が浮かんでんの、とか全部聞きてぇけど……)

 しかし何から何まで聞いてしまえば、途方もない時間がかかるのは明白。今はそれよりも目の前の楽しみを堪能するのが優先だ。


 意気込んで椅子の操作に注力すると、それほど時間はかからずに慣れることができた。

 椅子の操作は慣れてしまえばテレビゲームのようにも思えてきて、未知の技術で作られたもののはずなのに親近感がわいてくるのだから不思議だ。


 自由に空中を動き回ることができるなど、普通に生きていたら絶対にできないような体験だ。竜司は楽しいという感情に包まれながら、フロートチェアを操作する。


「お上手です。それではご自由に商品きせきをご堪能ください。先ほどもお伝えしました通り、品物の損傷もお客様のお怪我も全てなかったことになりますので、どうぞ遠慮なく触ってください」


 ゼロは浮遊する椅子に乗る竜司のすぐ横から声をかけてきた。ゆえに竜司の視線はそちらを向き、目に入った彼は……


(!!??)


 その身を何に乗せるでもなく宙に浮かんでいた。


 空中にいながらも、伸びた背筋がブレることはなく、もしや彼の体幹は鋼で出来ているのだろうか。そんな意味のない考えを浮かべてしまう程度には衝撃的であった。


 しかしすぐさまゼロが浮かんでいる、という思考は否定された。目を凝らしてみると、ゼロの足元に僅かながら光の反射を確認することができたからだ。どうやらフロートチェアと同じように、空中に浮かぶガラスの上に乗っているらしい。


(ああよかった。またあれこれ聞こうとするところだったぜ……)

 竜司の脳内にどんどんと謎が追加されてゆく。しかしそんな状況にも慣れつつあった。もはや理解不能なあれやこれやが竜司の目の前に現れたとて、さほど動揺することはないだろう。


 奇跡屋とはそもそも竜司の常識の中で完結する程度のものではない。それに今の竜司にとっては、ゼロが浮かんでいるなど些末さまつなことだ。


 なぜならこれから、この店自慢の商品たちを山ほど味わうことができるのだから! 


 興奮を胸に秘め、竜司は椅子を操作する。



「これはなんすか!?」

 竜司はすこぶる機嫌よく、先ほどゼロの周りを浮かんでいた、禍々しいオーラを隠す気もない刀を手に取り、ゼロに聞いてみる。


「そちらの商品きせきの名称は、妖刀・チガタナです。霊力の操作を伴う取り扱いが前提となるため、使いこなすためには事前に相当な努力が必要となります。もしもそれを怠りチガタナの持つ特性に呑まれれば、心を失った殺人鬼となってしまうので、ご購入をお考えでしたらお気をつけください」



「じゃあ、これはなんすか!?」

 竜司は春の陽気を思わせる笑顔を見せながら、何やら銀色の液体が入った試験管のようなガラス容器を手に取る。


「これは鉄化症てつかしょうを引き起こすウイルスを抽出し、濃度を薄めた薬液やくえきです。機構を展開すると注射器に変わりますので、それを肉体に刺すと自動で薬液が体内に注射されるようになっています」


「ウイルスに順応することができれば錬金拳闘術アルケフィストを使用することができるようになります。しかし獣と人の特性を備えた獣人じゅうじんと呼ばれるかたでなければ、鉄化症に順応することができず、10秒と経たずにウイルスが全身に巡り死に至りますので、ご購入はされない方がよろしいかと思います」



「それじゃあ、これはなんすか!?」

 竜司は満開の花を思わせるほど晴れやかな笑みを浮かべながら、血液で作られたかのような赤黒い狙撃銃を手に取った。


「こちらの商品きせきは、ブラド共和国で使用されている血統銃術ブラッド・バレットのレプリカです。血統銃術を使用可能になる品は、私が保管していますのでご安心ください」


「さて血統銃術ブラッド・バレットについてですが、これは自身の血液を操作して銃と弾丸を生成する技術です。利点としては血液がある限り弾切れを起こさないというところ。そして血赤弾けっせきだんを撃ち込んだ相手を内部から破壊することができるというところでございます。しかし血液というものを自在に操ることのできる吸血鬼のかたでなければ、おそらくは5発程度で失血死してしまうので、ご購入はされない方がよろしいかと思います」


「ちょっと待ってください!? なんでこんなにヤベエ物ばっかなんすか!?」

 テンション最高潮の竜司でも、流石に聞き流すことが難しい単語の数々に対して、思わずツッコんでしまった。奇跡屋という非日常に慣れるにはまだまだ時間がかかるらしい。


「ここまで連続で危険性の高い商品きせきを手に取ったお客様は、リュウジ様が初めてでございます」

 しかしどうやら今までの竜司の運が悪かっただけらしい。その言葉を聞いて、竜司はまた異なる品物を手に取ってみる。


「あ、じゃあこれはなんすか?」

 竜司は棚に置いてありながら、どことなく商品とは呼べなさそうな物を手に取る。


 それはまるで……

(……宝石?)


 そう、竜司が大きな手のひらの上に置いたのは、二つのピラミッドの底面をくっつけたような形をした、親指よりも少し大きな水色の宝石だった。


 一口ゼリーと同じようなサイズ感から、これが装飾品としての価値がある物ではないことがわかる。というかここまでの巨大さを誇る宝石があったとしたら、どれだけの値段がつくのか、想像すらできない。


「そちらの品は、魔力炉まりょくろ内蔵型多目的魔器まきという名称で、通称、炉器ロキと呼ばれる物です。先進的技術によって生み出された魔道具であり、リュウジ様の時代に沿った呼び方をするならば、魔法版のスマホと言うのが最適かと思います」


「スマホ? どう見ても宝石みたいっすけど?」

 竜司は首を傾げた。どこをどう見れば、こんな物体をスマホだと認識できるのか。


 しかしその疑問の答えは、ゼロの行動によって示される。


 彼はどこからか竜司が持っているものと全く同じ外見をした宝石を取り出し、

「こちらに同様の物がございます。そしてこのように登録した者の魔力を流し込めば……」


 すると、その瞬間。

 ポッと可愛らしい音を奏でると同時に、ゼロの眼前に空中に映し出されたディスプレイが出現する。


 それは先刻も見た空中に映し出されたディスプレイ。最初に見た時と比べれば驚きはしなかったが、こんな小さな道具によってあの映像は流されていたのか。そう思うとやはりそれなりにびっくりしてしまう。


 そんな竜司の視線を受けながらゼロは炉器ロキと呼ばれた道具を操作してみせる。まるでハリウッド映画のワンシーンのようなその光景に、胸を躍らせてしまうのは仕方ないだろう。


「……と、このように空中に映し出された画面は操作可能であり、文字を入力する際にはキーボードを出現させるので、どちらかといえば小型化に成功したパソコンと言った方が適切かもしれません」


 言い終わるとゼロは音もなく空中の画面を消してしまう。

 わずかながら名残惜しさを感じてはいるものの、竜司の心はそれよりももっと大きな感情によって占領される。


(もっといろいろ見てみてぇ!)


 空想の中でしかあり得なかった光景を目に焼き付けた竜司は、そんな欲求に飲み込まれ、さらにゼロに質問を投げかけることにした。


 この品はなんだ。あの品はどうだ。

 形状、色、そしてその道具を作り出した技術。全てが異なる商品たちは、どれを取っても退屈に思う部分はなく。


 興味の尽きない品々を記憶せんとする竜司の脳は、まるで暴食に取り憑かれてしまったかのようにゼロの説明を摂取した。


 そんな、遠慮なぞ遠くに放り投げましたと言わんばかりに質問する竜司に、ゼロは嫌な顔一つせずに答え続けてくれたのだった。

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